追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

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「……クラリッサ」  姉と同じだ。ユリウスの脳裏に、十余年前の記憶がよみがえる。酷い高熱にうなされ、目が覚めると、姉は――。  恐ろしいほどに冷たくなっていた体、それに触れた瞬間の感覚が今このときにも掌に蘇るようで、どんな戦場よりも背を怯えが襲った。 「……リ」  そのとき、クラリッサの目蓋が震えた。  ゆっくりと目を開け、しばらくユリウスを見つめる。 「……ス様……目が、覚めたのですか?」  寝惚けた声が、しかし確かな安堵と共に、ユリウスを確認した。  呆然とするユリウスの頬に、クラリッサは手を伸ばした。拍子に、顔の包帯がほどけ落ちた。  右目の状態を確認したクラリッサは、次いで左腕を手にとる。ユリウスの手が震え、僅かに不自然な動きをした。  それを合わせて握りしめ、クラリッサは、仮眠をとっていた長椅子から落ちるようにして床に座り込み、額にその手を押し当てる。 「……ごめんなさい、ユリウス様」  はらはらと涙がこぼれ、ユリウスの左腕を濡らす。肌感覚におかしなところはなく、クラリッサに手を握られている触覚もあった。何もおかしいところなどなかった。  ただ、ユリウスがクラリッサの手を握り返そうとした瞬間、ストンと、抜け落ちたように、ほんの一瞬、感覚が消えた。 「ごめんなさい。あなたの右目と、左腕を、もとに戻すことができなくて、ごめんなさい」  視界は狭く、不自然なほどに右側が見えない。左腕の感覚はいまはある、が……先ほどは間違いなく、麻痺していた。射られた毒矢のうち刺さったのは二本、そのうち一本は左腕に刺さった。おそらくその毒が抜けきらなかったのだろう。  きっと、もう、左手ではまともに剣は持てまい。 「ごめんなさい。私は、力を使うことで、命を削りきることが怖くて……あなたと一緒にいることができないのが、寂しくて。もっとずっと、あなたと一緒にいたくて、力を使うのを惜しんだのです」  ごめんなさい、ごめんなさい、とクラリッサは何度も繰り返した。  扉の開く音が聞こえ、ローマンが出ていく。向こう側から「今日のぶんの薬は?」「リサさんならまだお休み中だ、もう三日三晩まともに寝ていらっしゃらなかったんだから」「騎士団長は峠を越えたんだろう、ご様子は……」聞こえていた声は、少しずつ遠ざかっていった。 「ごめんなさい、ユリウス様」  泣き続けるクラリッサを、気が付けば抱きしめていた。それでもクラリッサは泣いていた。  折れそうなほどに華奢で痩せた体だった。この小さな体で三日三晩、彼女は解毒方法を必死に探し、薬を調合し、看病してくれたのだ──姉の命を奪った“聖女の力”という忌まわしい力を使わずに。ユリウスは隻眼を閉じた。 「……ありがとう、クラリッサ」
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