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「あの方は、かつてご家族を亡くされたそうです。もしかすると、そのお方が聖女に救ってもらえなかったのかもしれませんね……」
ドク、と心臓が揺れた。リサの反応を勘違いしたのか、ローマンは「ご存知ないですか、少し前にいた聖女のお話を」と少し意気込んだ。
「もとは貴賤にかかわらず人を助けていたようですが、皇家に召し上げられて以来、金のない者は相手にしなくなったそうです。贅沢な暮らしに慣れ、金に目がくらんだんでしょうね。騎士団長は貴族の生まれではあると噂がありますが、だからこそ謝礼金を吊り上げられでもしたのかも……」
黙り込んでいると、ローマンは「ああいや、これは無駄話を失礼」と軽く会釈し、帰り支度を始めた。
「では、三日後に改めて参ります。騎士団長がお戻りになったら伝えておきますので」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
ユリウスは、早くに家族を亡くしていた。それ以外に確たる話は何もなかったが、聖女が治療を拒絶したせいで助からず、“聖女なんていない”と怒り、嫌っているというのも、有り得なくはない話だ。
この自分の話を聞いたら、ユリウスはどんな反応をするだろう。胸の中には、そんな暗雲が立ち込めていた。
三日後も、やってきたのはローマンだった。ユリウスに会えないのは残念だったが、反面安堵もしていた。たった三日では、ユリウスにどんな顔をすればいいのか分からなかった。
ただ、次の日、その安堵を真正面から叩き壊す人物が、村を訪ねてきた。
リサが皆で摘んだ薬草を小屋で選り分けてみると、蹄の音だけでなく馬車の音まで聞こえてきた。誰か偉い人でも来たのだろうかとつい小屋の外へ顔を出したリサは、馬車に描かれた紋章を見て青ざめた――皇家の紋章だった。
慌てて小屋に引っ込んだが、もう遅い。
「クラリッサ!」
扉を閉めるより先に、大きな声が飛び込んできた。
逃げなくては。今すぐ、急いでここから逃げなくては。散らばっていた荷物を慌ててかき集め、でも薬売りの仕事を投げ出していいものかと逡巡し……。そうしているうちに、扉が勢いよく開け放たれた。
「クラリッサ……!」
現れた人物は、顔にも声にも喜色を滲ませている。だがリサは部屋の対角線上に逃れた。
上品な育ちが分かる顔立ち、現皇帝と同じオレンジ色の髪と瞳――エーヴァルト皇子だ。
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