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第4話 女運が悪い件について
「リンリンってタチの悪い女の子ばっかに引っ掛かるよねぇ」
「……リンリンっていうな」
燐太郎の女運の悪さは樹雷や悠真、雪路たち〝いつメン〟には周知の事実であり、勿論心配はしてくれるが危機的状況を脱すれば笑い話として面白おかしく話題に出されることもある。
貶す意図がないことは当然燐太郎にも分かっているので、燐太郎自身もネタとして理解をしているが自らが望んだ訳でもないのに歴代の交際相手が必ずメンヘラ化してしまうことは、燐太郎にとって悩みのタネでもあった。
悠真はその見た目通り交際経験すらまだ無さそうであったが、樹雷に至っては既婚で二児の父親でもあった。女性問題でこんなに巻き込まれているのが自分だけだと考えるとやるせなくもなったが、何の糧にもならない上から目線のアドバイスなどよりは笑い飛ばしてくれたほうがずっと良い。
「だってリンリン、うちに転職してきた時前の会社辞める時のことなんて言ってたっけ?」
「だからっ……あーもう」
トレンチに四つのティーカップとティーポットを乗せて雪路がリビングに戻って来ると、燐太郎はもそりとクッションから顔を上げる。その動きでバランスが大きく崩れたクッションから悠真が転がり落ちる。
燐太郎はこれまでに何度か転職を繰り返しており、現在の職場は三社目となる。それまでの職場が三年程度での転職スパンであると考えると、現状七年目に突入しているこの職場は燐太郎にとっては長く続いていると言えるが、今の職場に転職した時点で上司の立場にあったのが雪路だった。
「不倫バレですよ。旦那が職場に凸って刃傷沙汰になって」
「うっわ〜」
「不倫とか引くわぁ」
「でも相手の人妻が既婚ってこと隠して誘ってきてたんだろ?」
雪路はテーブルの上に並べたカップへ紅茶を注いでいく。紅茶の香りがふわりと漂い、それは玄関先での香りにも少し似ていた。
「よくよく考えれば指輪の跡とか気付ける機会いっぱいあったんですけどね」
今となっては燐太郎にとっても思い出したくない過去の黒歴史であり、不倫が原因で逃げるように退職をしたという事実を奇異な目で見ず受け入れてくれた雪路の存在は今でも大きい。
「もう三次元の女はほんと懲り懲りですよ……」
自らが望んだ訳ではないのに向こうから勝手に近づいてきて、誠実に接していれば勝手に執着して重くなっていく女性の存在に燐太郎は辟易していた。
つい先日まで入院していた燐太郎だったがそれは三次元の女性に辟易していた燐太郎にとって新たな道を示すものでもあった。
刺された傷は全治三週間で、病院のベッドの上で燐太郎ができたことはただスマートフォンでSNSを散策することだけだった。
「そうだ、これ見てくださいよ」
燐太郎は思い出したようにズボンからスマートフォンを取り出し、画面を表示させてテーブルへと置く。
雪路は樹雷からの差し入れのクッキーを器に並べながら、燐太郎が見せたスマートフォンの画面を覗き込み、樹雷もつられるようにしてスマートフォンの画面を覗き込む。
それは最近流行りのバーチャル配信者のアバター姿で、深海のような青髪は襟足が少し長く女性とも男性とも取れるような可愛らしい容姿だった。
「入院中にできた俺の〝推し〟です」
彼、もしくは彼女の名前は 《皐月じぇいど》 と言い、最近活動を始めたばかりでどこの事務所にも所属していないフリーのバーチャル配信者だったが、燐太郎はじぇいどをSNSで初めて見た時雷に打たれたような衝撃を覚えた。
その性別は男の娘とされており、アバターの絵姿に声を当てている所謂中の人は男性らしいが仕草や言葉遣いが丁寧で可愛らしく、燐太郎は一目見た瞬間じぇいどこそが自分が求めていた相手だと思い至った。
何よりも見た目が好みで、画面の中の相手ならば包丁を持って襲いかかってくることもない。それでもアニメや漫画の様に誰かによって作られた存在ではなく、その発言のひとつひとつが中の人の特性が色濃く映し出されていた。
気付けば入院していた三週間の間で燐太郎がじぇいどに対して支払った総金額は入院費を大きく上回っていた。
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