ベルンシュタインの魔女は人間を愛したかった

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「不可能を可能にするとまで言われる伝説の魔女であれば、三日もあれば魔術でどうにかしてくれると思いまして伺った次第ですよ。先程はああいいましたが、あれだけの将を失くすのは我が国としては惜しい」  ぎゅ、と黒い外套の下で、魔女は拳を握りしめた。外套の上からでもそれが分かったのか、王は目を細め、「そうそう」と湖に目を遣る。 「あの時の私は未だ若く、この湖に伝わる生贄の話を誤解しておりました。生贄は、貴女の魔術へ捧げなければ意味がないのですね」  では、と王はそのまま踵を返した。魔女はいつも通り、ぽつんと湖のほとりに残される。王は当然従者と共に来ていたのだろう、暫くして、遠くで馬の鳴き声と馬車の音が聞こえた。 「……三日」  その期限を小さく呟き、魔女は空を仰ぐ。爽やかな秋晴れは、木々に覆われて見えなかった。  コンコン、と小屋の扉に小さな音が響いた。魔女が顔を上げると、魔女の返事も待たずに扉は開く。そこに立っていたのはシマーだった。 「シーくん。どうしたの、珍しい」 「……昨日、陛下がこちらへ来ませんでしたか」  魔女はぱちくりとその黒い目を瞬かせた。シマーはいつもの無表情だ。二人は暫くお互いの表情のまま黙っていたが、魔女が先にふふ、と笑って表情を崩す。 「そうだけど、どうしたの。幼馴染の(かたき)を討つなんて、シマーくんだけは言ったことがなかったのに、その気になっちゃった?」 「陛下は貴女に何を命じたのですか」  ついでに茶化したのに、シマーは騙されなかった。それどころか眉間の皺が深くなり、心なしか険しい顔つきになる。 「何か、命じたのではないですか」 「何も」 「だったら陛下は何をしにここへ」 「戦況を伝えてくれただけだよ。私は人間の行いに口を出すつもりはないから、知るつもりなんてなかったんだけど」 「その戦況を知って、貴女はどうしようというのですか」  その声も、幾分低く、鋭いものになっていた。魔女が答えずに黙っていれば、シマーはぐるりと小屋の中を見回す。見回して気付いてしまったことは、彼女が大事にしていた物品がいくつか失くなっているということだ。まるで家を移ってしまうかのように置物や家具が減ってしまったことが、何を意味するのか。分かっていたシマーは少しだけ目を伏せる。
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