ベルンシュタインの魔女は人間を愛したかった

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「同じだよ、二人とも」  躊躇ない返事のせいでシマーが言葉を失えば、会話はそこで途切れた。そのまま暫く沈黙が落ちる。  何を言っても無駄だと、シマーには分かってしまった。結局、彼女は変わらないままなんだ。自分達に出会ったときから、ずっと変わらないまま。  閉口した彼に、くしゃりと彼女は笑って見せた。 「昔、シーくんが欲しがってた木の作り物。まだあるけど、持って帰る?」 「……そうやって、想い出だけを、私達に残して、いくんですね」  シマーが頷く前に、彼女は部屋の隅から持ってきた熊の彫り物をその手に押し付けた。シマーは普段なら迷惑な顔をしてもおかしくないのに、その目元はただ苦しそうに震えるだけだった。今だけは、持ち前の無愛想さゆえではなく、まるで持ち前の無愛想さですと言わんばかりの無表情に努めているのが分かった。 「……アードルフとリヒトに、何と言えばいいんですか」 「『魔女は西域に旅立ちました、またね』」  自分は辛うじてその言葉を絞りだしたと言うのに、魔女は平然としていて。 「……最後まで、嘘吐きなんですね」  それに抱いてしまった哀しみをどこへ向ければいいのか、シマーには分からなくなっていた。お陰で、どこか、諦めたような声が出てしまった。それなのに、やっぱり魔女は無視して「あ、リッくんはこれ欲しがってた! やっぱり男の子だよねー、虫の標本なんて! アドくんはこの本読みたがってたけど、もう読めるようになったのかなあ」と部屋の隅に飾ってあるものを持ってきてはシマーに押し付ける。  餞別(せんべつ)の品々は、シマーの平淡な瞳を少し震わせた。 「……アードルフとリヒトの向ける感情とは違いますが」 「うん」 「……私は、貴女を好きでしたよ」 「うん!」  さも当然のように魔女は頷いた。シマーは目を伏せる。あぁ、やっぱり、駄目なのか、と。 「……お(いとま)します」 「元気でね」 「……アードルフとリヒトに伝えておくことは」 「アドくんは嫌なことがあったときに女の子を(たぶら)かすんじゃなくて誰かにちゃんと相談すること! リッくんは人の面倒見過ぎて自分の身を(かえり)みない癖を直すこと!」 「……分かりました」
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