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彼女は、その噂自体は知っていた。シュタイン王国に棲むベルンシュタインの魔女。その住処は、不帰の森と呼ばれるほど危険な森の中にある深い湖のほとり。その湖の傍で希少な琥珀石が採れた頃、採掘に来た人間の男に見つかり、そう呼ばれるようになった。一時期は魔女の討伐隊も結成されたものだが、それは随分前の話だ。討伐隊を結成した国軍が数年間行方不明になるという事件を起こしてしまって以来、不帰の森自体、近付いてはいけないと言われるようになった。あの森へ行くと、湖に呑まれるか、そうでなくても魔女に食べられてしまうから、とそんな言い伝えがある。お決まりのように、悪さをした子供は〝不帰の森に置いて帰るよ〟と母親に叱られる。
そのベルンシュタインの魔女は、別に人間なんて食べないし、何も食べなくても生きていけるし、とぼやいていた。とはいえ噂は噂だ、きっとこの子供たちも怖がるだろう、足を滑らせて湖に落ちでもしたら堪ったものじゃない、なんて考えていた魔女にとっては、そんな素振りなど欠片も見せない少年達に些か驚いてしまった。
「えー……それで、何してるのかな、君達……」
「おねーさん、この湖の魔女なんでしょ?」
ただ、不意に、地面についてしまうほど長いマントの裾を、銀髪の子がねだるように掴んだ。きょとんと彼女が彼を見つめ返すと、もう一人の赤髪の子も彼女のマントの裾を引っ張った。そのまま湖を指さす。
「俺達のトモダチ、イケニエにされちゃったんだ。返してよ」
そして、その言葉に彼女の表情は凍り付く。もう1人、無表情の青髪の少年は、弱ったように眉を八の字にし、彼女を見上げた。
「この湖の魔女なんでしょう。返してください。大事なトモダチなんだ」
2番目の王子が即位して2年、シュタイン王国の争乱が徐々に落ち着きつつある理由は、生贄を投じたからだとの噂もあった。シュタイン王国に古くから伝わる、生贄を捧げれば願いを叶えてくれるという湖。そこへ、新王自ら赴き、生贄を捧げると共に願ったからだと。
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