ベルンシュタインの魔女は人間を愛したかった

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 少年達がずっと覗いていたのはその湖だった。魔女は表情を曇らせた。わざわざ危険を冒してまでしてこんな場所へ来た彼等は、きっと生贄の意味もまともに理解できずに、湖の前で友達の帰りを待とうとしたのだろう。いやもしかしたら、年齢不相応に(さと)く見える彼等は、湖に沈められた友達が帰って来るなど毛頭思っていないかもしれない。それでも、その理性と乖離した感情が、ここを覗かせていたのかもしれない。  現実は、少年達の認識している通りだ。あの日やってきた子供のことだろう、と魔女は思い出す。誰も訪れないはずのこの場所に、あろうことか王がやってきたかと思えば、子供を一人、鍋に具でも入れるかのような素振りで投げ入れていった。そうして、あの幼子は、ただ死んだ(・・・・・)。何の意味もなく、価値もなく、意義もなく、湖に生贄を捧げればベルンシュタインの魔女が願いを叶えてくれるなどという、ただの伝説か慣習か願望に殺されてしまった。 「ごめんね、君達の友達は返せないの」 「どうして?」 「もうお願いごとを聞いてあげちゃったから」  そんな現実を、少年達に伝える気にはなれなかった。代わりに、彼女はそっと両手を二人の少年の頭に載せた。少年達は彼女を見上げる。彼女を警戒するように近寄ろうとしない青髪の少年も揃って、「お願いって何?」とその六つの目が訊ねていた。 「君達を守ってあげてほしい、ってお願い」  何の資源もなく、他国から見れば領土拡大以上の旨味はない、ただ枯れた大地が広がるような貧しいシュタイン王国。新王は即位後僅か2年にして賢君と名高い、それにも関わらずこの湖へ生贄を捧げるなどという行為に出たのは、藁にも縋る思いだったのかもしれない。ただ在るだけでは早晩滅びるこの国で生まれた子供は、貴族でさえいつ死ぬか分からない。だから、この少年達が生き続けるためには、この国で上を目指すしかない。 「だから、君達は偉くなりなさい」  その少年達は、やがてその名を隣国にまで知らしめる英雄となる。 ***  シュタイン歴1316年。徐々に繁栄しつつあるシュタイン王国の宮廷には、三人の有名な官僚がいた。 「先日、シマー様をお見掛けしたのよ」 「羨ましいわぁ。でもシマー様、女性に興味がないとの噂ではなくて?」
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