ベルンシュタインの魔女は人間を愛したかった

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 その御三家は、ある日、森の中にいた。リヒトとアードルフが他愛ない話を淡々と続ける後ろで、シマーは顔をしかめている。その額にほんの少しずつ玉を結ぶ汗は、軍務官と内務官の体力の差を現していた。だが負けず嫌いの彼がそれを素直に口にすることはなく、「……未だ着かないのか」と辛うじて文句を言う。長年の付き合いの二人はその内心に気付きながら「まぁもうちょいじゃね?」と返した。  彼等が進むのは、人などおよそ通らないだろう獣道。日中でさえ危険に感じられるほど暗いこの森に好き好んでやって来るものなどいない。いかなる獣が潜んでいるか分からないからだけでなく、その森には魔女が住んでいるとの噂があるからだ。だが三人は特別怯えた様子はない。それは、いざとなれば最強の軍師と騎士が共にいるからではない。 「あぁ、見えた見えた」  先頭を歩いていたリヒトが抜けた森林の先には、大きな深い湖があった。そしてその隣には小さな小屋がある。風で吹き飛びそうとまではいわないが、家畜の小屋と大差ないといわれても仕方がないほど粗末なあばら家。長い道のりを歩いてきたため、シマーは一先(ひとま)ず息をつき、軍務官二人は軽い足取りで小屋へ向かう。リヒトがノックした扉が開き、現れたのは、全身黒ずくめの女だ。少年達が初めて会ったときからその見た目を変えることのない、正真正銘の魔女。魔女はかつて少年だった青年三人を見ると顔を輝かせた。 「リッくん! アドくんとシーくんも! 三人揃って来るなんて珍しいね!」 「アードルフが戻って来たからな」 「久しぶり、ロルベーア様」  リヒトの背後にいたアードルフはニコッと笑いながら顔を出した。シマーは挨拶はせずに無視だが、無愛想なのは知っているので「お茶でも飲むー? この間変な葉っぱ見つけてねー」と魔女は構わず家の中へ招く。〝いい葉〟ではなく〝変な葉〟というのが彼女らしいが、妙なものを飲まされては堪ったものじゃないと感じたリヒトがいち早く台所へ向かった。魔女の家は簡素で、台所は居室と一体になっているし、他には寝室しかない。二人掛けの長椅子が二つ並んだ居室で、アードルフとシマーが構わず椅子に座る一方、台所では「お前は座ってろ。余計なことするな」「ここ私の家ですけど!?」と魔女とリヒトが痴話喧嘩染みた会話をしている。 「シマー、最後に来たのいつ?」
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