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7.白い月
数日前、比奈が新作を発表した。彼女のコミュニティは一斉に賞賛が上がり、比奈はそれに応えていく。その文面を読むだけでも、嬉しさがヒシヒシと伝わってくる。
比奈の新作を思い返し、その完成度の高さや、比奈の吸い込まれるような描写に複雑な気分で廊下を歩いていると、比奈の後ろ姿を見つけた。
心臓が高鳴る。憧れの人を見たようでもあり、会いたくない人に会ったような気分だった。
私は必死に笑顔を作ろうとした。でも、引きつった不自然なこわばりが頬を固める。そのまま勇気を出して久しぶりに声をかけた。
「比、あ、朝比奈さん。この前の作品、良かったよ」
朝比奈さんは振り返って、少しだけ驚いた表情をした。それが少しだけ悲しかった。前みたいに人懐っこく笑ってほしい。
「え?ああ、うん、ありがとう」
少しの沈黙。会話は続かず、廊下の奥から「比奈〜、どした〜?」という声が聞こえてきた。
朝比奈さんが「ん、すぐ行く」と返し、私を見て「じゃ」とだけ言って背を向けた。そして、廊下の角を曲がって見えなくなった。
全身の力が抜けていく気がした。
ふと思った。もう頑張らなくていいんだ、もう続ける必要はないんだ、と。
頑張ったことには意味があった。けど、それももう必要ない。私の作品は誰にも顧みられることはない。
どれだけ頑張っても届かないものはある。育たないものはある。叶わないものがある。
人より時間がかかっても、いつかは届くと思っていた。でも、離れていくものに届くことはなかった。
一人残された廊下から窓の外を見ると、青い空に白い月だけが浮かんでいた。
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