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「あ、こ、こら! やめなさい! そんなことしちゃダメだぞ!」
「あはは!」
「待ちなさい!」
「うっせ! 死ぃーねぇやぁ!」
とある家庭。夫婦は四歳の息子のしつけに手を焼いていた。それ自体は珍しくないが、夫婦は『どうして、うちの子が……』と首を傾げた。というのも――
「ほら、捕まえたぞ!」
「触んなハゲ! 殺すぞ!」
「ハ、ハゲてないだろ! それに父親に向かって殺すなんて、うわっ、眩しい! “それ”を目つぶしに使っちゃダメだ! 罰が当たるぞ!」
「あはははは! くたばっとけ!」
息子は頭の上に天使の輪をつけて生まれてきたのだ。
出産時、医師たちは驚いた。何しろ母親の体内から赤ちゃんの頭より先に天使の輪が出てきたのだから。輪は頭の約十センチ上に固定されており、どんなに動かそうとしてもびくともしなかった。
天使の輪を持って生まれたことが話題となり、夫婦は息子の誕生の喜びもあり、やや浮かれ気味にテレビや雑誌の取材に応じた。
周囲からは「将来、安泰ね」「手がかからない息子さんでいいわね」「いい子に育つに決まってるわ」と羨まれ、拝みに来る人までいた。
しかし、息子が成長すると状況は一変した。息子は他人のものを盗み、壊し、叫び、自分と近しい人どころかすれ違う人にまで悪態をつくようになり、瞬く間に『悪童』として知られるようになったのだ。
口汚い言葉で罵られた夫婦は、保育園で悪い言葉を覚えたのではないかと疑ったが、むしろ他の子に吹き込むなど息子が発生源だったとわかると愕然とした。
もちろん、夫婦は息子が天使の輪を持っているからといって、自然にいい子に育つだろうと油断していたわけではない。初めての子育てで手探りだったが、しっかりと愛情を注ぎ、しつけもしてきたつもりだった。
しかし、息子は頭の輪を強く光らせ、目つぶしに使うなど悪知恵ばかりをつけていったのだ。
「イヤイヤ期だから……」と励ましてくれる人がいたのも最初のうちだけ。会えば、まるで心を読んだかのように相手が最も嫌がる言葉を吐くので、周囲の人々は次第に距離を置き、ついには夫婦の両親でさえも家に来なくなってしまった。
「なんや、あいつら、人の顔見てそそくさと逃げおって。どついたろか、あの腐れマ――」
「やめて!」
もしかしたら、『天使の輪があるのだから、聖人のような大人になるだろう』という無意識の期待が、知らず知らずのうちに息子を追い詰めていたのかもしれない。
そう思い至った夫婦は、ある夜、息子の手を握り、真剣に語りかけた。
「お願い……悪い言葉を使うのはもうやめて。いい子にしてほしいなんて言わない。いや、してほしいけど、普通でいてくれれば、それでいいの……」
「そうだぞ。確かに君は、普通の人とは少し変わった生まれ方をしたのかもしれない。でも、気にすることはないんだ。天使の輪があってもなくても、大切な息子なんだから」
息子は少し首を傾げた。それを見た夫婦は、やはり伝わらなかったのかと落胆した。しかし……
「んー? この輪っかが何? どういう話?」
「ん、いや、だからな、天使の輪を持って生まれたからといって、いいことをしなきゃならないとか、いい人にならなきゃって思う必要はないんだ。プレッシャーを感じなくていいんだぞ」
「そうよ。天使みたいになる必要はないの。まあ、思いやりを持ってほしいけど……せめて家族にだけは。いや、ほんとに」
「あー、そういうこと! あははははは! 馬鹿だなあ。地上にいるんだから、堕天使に決まってるじゃないか! あはははははははは!」
息子はけらけらと笑った。
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