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「ちょい! 起きんか!」
妻の声が急に近くで聞こえた。
僕は眠っていた。だけどそれは数分だけだろう。
するとさっきまでと違った不意な風が吹く。
「それ! 走れー!」
楽しそうな妻の号令で娘と二人が僕のところから走る。
花たちが揺れている。黄色みがかった白い蒲公英の花。そして綿毛も。
僕の視界に白い雪が舞うようになる。そうして娘と妻のあたまには花冠があった。
「あの時見た天使だ」
呟きにしかならない。
僕だけしか知らない妻との出会いの瞬間がその場に再現されてる。
あの時も蒲公英の綿毛が舞って、この地方では多い白い花を冠にした彼女がいる。
なによりも今の妻は少し老けているがあの頃の印象を残してる。そして彼女が年を取ったのは僕との時間の証明。急に愛おしさが募る。
「パパもおいでー!」
娘に呼ばれなくても僕は天使たちのほうに向かっていた。
「俺の天使」
二人の笑顔はハッキリ見えるところまで近付いて呟く。
「うん。楽しそうな娘の姿は天使だね」
「娘だけじゃないよ。懐かしい天使を見つけた」
驚かせようとあの思い出を語ろうとしたのに妻は平然としている。
「あの時のことを覚えてるんだ」
ニコニコと笑う顔はもう天使以外のなんでもない。
そして妻はあの瞬間のことを覚えてるらしい。
驚かされたのは僕の方だ。
「忘れんよ」
嘘を言うのは愛からになる。
おわり
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