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第一幕 幸せの命日
深碧の蠟燭の炎にぐるりと囲まれ、ニスに似た独特の光沢を放つ床板に無数の私と魔女の影はぬらぬらと揺れていました。
向かいに座った彼女はソファの上で足を組み、紅い虹彩を光らせながら言い放ちました。
「鎮痛の魔法は無しよ。あんたの意志の強さを魅せてもらいたいからね。」
彼女の持つ長いキセルの先からはドス黒い紫色の煙が立ち上り、この空間により一層の禍々しさを引き立たせていました。
「えぇ。解ってますわ。もう私には文字通り何も残ってないのですから……どんな痛みだって耐えてみせますわ。」
そう言い放つと私は震える指先で、右目の眼窩の骨に小指以外の指を当てがいました。
そして憎しみから来る力を込めた時、この右目で見る最後の世界は漆黒に包まれていったのです。
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寒さが少し和らいで来たある日の昼下がり。
私は付人の爺やとお城のお庭で散歩をしていました。
まだ、冷たく吹つける風は肌に痛く刺さりましたが、満点の青空から照りつける陽光の暖かさが嬉しいほど悴んだ肌に染みるのでした。
そして目の前に広がる色とりどりのお花の中で両手を広げて私は小さな子供のようにはしゃいで言いました。
「見て爺や。今年も沢山のデイジーが咲いたわ。」
それを聞いた爺やはにっこりと優しい笑顔を見せ、お昼ご飯のサンドイッチの入ったピクニックバッグをピクニックシートの上に置きながら言いました。
「えぇ、今年も綺麗に咲きましたね。今年は特別な年なので花々もリリス様を祝福しているのでしょう。」
そう、今年は私にとって特別な年でした。明後日はの十七歳の生誕祭があり、その次の日は隣国の三男の王子との結婚式を控えているのでしたから。
「リリス様。お食事の準備ができました。さぁ頂きましょう。」
「ありがとう。爺や。」
「あの小さかってリリス様が気づけばこんなに大きくなられて……もう結婚なされる年齢になられて……爺は誇らしく思います。」
爺やは目の周りの深い皺に涙を貯めながら言いました。
「嫌だ、大袈裟ですこと。私はもう立派なレディですのよ。でも、こんな立派に育ててくれたのは爺や、貴方がいたからですのよ。本当にありがとう。爺や。」
それを聴いた爺やは右目から大粒の涙を一粒垂らすと私を見てにっこりと微笑み掛けてくれました。
私はこの笑顔に何度助けられたかわかりません。
私は小さな国の王家、カウノディール家の三姉妹の三女として産まれました。
この爺やは私が生まれた時から私の専属の付き人として片時も側を離れず、常に優しく、姫として私を育ててくれました。
お父様とお姉様たちも末の妹であるが故か、何事にも優しく愛を込めて私に接してくれました。
しかし、お母様は少し厳しい方で、お姉様たちと違い露骨に私に冷たく接してこられました。
きっと末の妹で周りからちやほやされて甘やかされている事を危惧し、敢えてその様に強く接しているのだと思うようにしていました。
でも、そんなお母様も含めて私は皆んなの事が大好きでした。
私は楽観的に全てのものを愛しました。
そしてそれに応えるように私の周りの人達も私を愛してくれました。
爺やと色とりどりのデイジーを見ながらサンドイッチを食べていると、強い風に押され巨大で真っ黒な暗雲がこちらに向かってくるのが見えました。
「これは一雨来そうですな……リリス様、残りは城内で頂きましょう。」
「そうね、この気温で雨に降られたら風邪をひいてしまうわ。急いで戻りましょう。」
爺やとピクニックセットを片付けている途中、凄まじい勢いでこちりに向かってくる暗雲に何度も目を奪われました。
片付けが済み、爺やとお城の戸を開いた時には空は既に真っ暗になってしまっていました。
爺やは少ししょぼくれた私に向かって言いました。
「急な雨雲でしたな。なぁに明日は晴れますよ。食堂の方でさっきの残りを頂きましょう。」
「そうね……きっと明日は晴れるわよね。ありがとう、爺や。」
爺やはまたにっこりと私に微笑み掛けてくれました。
そんな愛に包まれた私の幸せな時間が、これから音を立てて無惨に崩れて去っていくことをその時の私には知るよしもありませんでした。
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