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「お前は顔に出る。」
剣を振り下ろそうとした刹那、親方は体を躱してリートの右横に半身を入れると剣をリートの横腹に押し付けていた。
「参りました。」
リートがそう言うと、親方はリートの肩をポンと叩いて行った。
「昨日よりは良い。鍛冶もそうだが何事も一足飛びで上手くなる方法などないのだ。
地道に基礎を積み重ねたものが最後には名人と言われるようになる。
中には天賦の才を持つ者もいるが、やはり基礎を積み重ねたものが最後には勝つのだ。それを忘れてはいけない。」
親方の言葉にリートは深く頭を下げた。
「さて、リートよ店を仕舞ったら、夕食にしよう。悪いが山の神がお前にまたお使いを頼みたいと言っているので頼まれてくれんか?」
親方はそう言うと、リートに持っていた剣を渡すとゆっくりと歩き始めた。
リートはその親方の大きな背中にそっと頭をさげてその後へ続いた。
稽古が終わったリートは、親方の奥さんからいつものように買い物を頼まれ、ポケットに2枚の銀貨を忍ばせて夕暮れ佇む街路を歩いていた。
口の中で奥さんから示された買い物のリストを呪文のように唱えながら。
王国の首都であるこの街は大きい。といってもリートは自分が生まれ育った首都郊外の村しか知らないのであくまでも比較対象はその村であったのだが。
宵がじわじわと垂れこめ、街灯夫が街々の各所に備えつけられている街灯のランプに火を灯し終わったころ、リートは買い物用の背負い籠を背中で揺すり、護身用に持っている樫の杖を持ち直しながら自分の下宿先でもある親方の家へと仄かな街路の中歩いていた。
人々がまだそぞろに歩く石造りの建物が立ち並ぶ大きな通りを抜け人通りもまばらな横道に入った時、リートは小さな物音に歩みを止めた。
いつもなら気にならない音だったのだが、親方とのけいこの後でまだ神経が高ぶっているのか、その音は小さいながらもリートの頭に踏み込んできた。
横道には大通りの様な街灯は殆どない。3歩先の人の顔も朧げな暗さの中、リートは音のする方を見た。
音は確かに一瞬だけだったが、リートにはまだそこに余韻として残っているような感覚があった。
音は、建物と建物の間の細い……家々が塵芥や不要物を一時的に置いている……その路地の中から確かに聞こえた。
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