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鼠かな?猫かな?リートはそう思いながらも、その路地に一歩足を踏み込んだ。
リートはその瞬間、直感的に確信した。鼠や猫ではない……。
ゆっくりと樫の杖を両手で八双に構え、足を進めた。
目の前には椅子やら机やらの残骸と塵が入った樽が無造作に積み重ねられていた。
その雑多な我楽多達の中に、リートは一瞬差した月明かりの中で、淡く輝く瞳のようなものを見た。リートは一瞬見えた瞳のようなものから不思議なことに殺気とか冷たい気を全く感じなかった。
敢えて例えるならば、乾いた、そう日照りが続いた後の畑の様な乾いた空しい気とでも言えばいいのだろうか。リートは一歩足を進めた。
背負子を背負ってはいるが、火とのすれ違いも漸くのこの路地で反復運動などの機敏な動作を必要とする余地はなかった。
ただ、前進か後退だけ。それならばただ前へ進み、引くのであれば杖であしらいながら下がる。リートはそう決めると先ほど見えた瞳のようなものがあったと思しき場所へ向かって歩を進めた。
不思議と緊張はしていなかった。後になったら多分心臓が踊り汗が滝のように流れるのかもしれないが、今は心音も平常で汗もかかず、それどころか喉も湿っていた。
親方が『積み重ねた修練は、いざと言う時お前の真の自信となってお前を守るだろう。』といつか稽古で言っていたが多分、今がそういう時なんだろうとリートはふと思った。
その時、乾いた気がふと湿り気を帯びたように感じた。リートは素早く気のする方……壊れた椅子と机の間のわずかな隙間に杖を逆手にとって突いた。
我楽多が崩れる音がして、その陰に誰かがいるのが見えた。周りは暗くその影も闇に半ば溶け込んでいたが、大きく息を吸い込むとその影が段々と濃くなり、人の形をより鮮明にした。
ついにその一歩手前まで近づいた時、先ほどと同じく気まぐれな月明かりが路地の中を仄かに照らした。
「天…使…?」
リートは杖を握る手から力を抜き、目の前で蹲っているもモノを見詰めた。
自分が言葉を発していたことさえ気が付かなかった。
目の前には、畳んだ白っぽい翼をもった少女の姿があった。年の頃はリートとそう変わらないように見えた。
薄い銀色の髪、薄い金色の瞳……来ている服は汚れていた。マントだろうか?大きな布のようなものを丸めて胸の前に抱えていた。
「君は……?」
リートは杖から手を放してその手を差し伸べながら言った。
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