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俺には一人になれる場所が必要だった。
流れの速い川同士がぶつかる合流地点。河川通路からも遠く、背の高い草を押しのけないとやって来れないここは、打ってつけの場所だった。
中学からの帰宅時に、ここで気持ちを落ち着けてから家に帰るのが日課になっていた。とっくにあたりは暗くなり、夜は肌寒い季節だが、まっすぐ家に帰る気にはなれなかった。
適当なサイズの石に座り、時をやり過ごす。全てを押し潰す雑音のような川の音が、頭の中のサビを洗い流してくれ、気持ちが少し落ち着くのだ。ブブとポケットの中が震える。真っ暗でも、川の音があっても、スマホの振動はかき消してくれなかった。
灯った液晶画面にメッセージの通知が次々と送られてくる。クラスのグループチャットだった。アプリを開く。自分の動悸も、川の音では消えない。
動画が貼られていた。俺が部活の顧問兼担任に叱られ、先輩に掴み上げられている姿を撮ったもの。俺の顔はしっかり写っていた。そこからチャットが始まっている。
『ついに窃盗にまで手を出しました!』
同じ部活で友人だったはずのクラスメイト、そして動画を撮った奴らのコメントだ。続いて状況を知らないクラスメイトたちの暴言が並んでいた。ここで、俺じゃない。奴らに嵌められたんだ。と言ったって、余計に事態が悪くなるだけ。
最初はみんなで楽しく会話をしていたはずだった。だがいつの間にか、ここは俺を公開処刑するだけの空間になった。何度グループを抜けても招待され続け、暴言を聞かされ続ける。どうしようもなく、俺は何もかもを打ち消してくれるここで、泣くしかなかった。
しかし今日は違う。俺は奴が大切にしていたバタフライナイフを、ポケットから取り出した。泥棒の冤罪をかけられて、どうせ晴れないならと、一番憎い奴の大切な物を奪ってきた。
7cmほどの刃にはデザイン的に穴が空いている。柄は赤い蛍光線が奔っていて、下品なデザインだ。そしてそれは、ナイフではないということに気づいた。触ってみるも刃はない。刃のような部分は、ただの金属の板だった。これで何度も脅されてきたというのに。思わず笑いが漏れる。
俺はそれを叩き割るため、その辺に落ちている適当な石を掴んだ。しかしその石は柔らかく、ぐにゃりと俺の手の中で形を変えた。
固い物を握ったつもりだったから、不意打ちの変化に脳が追いつかず、気持ちの悪い感触に俺はそれを放り投げた。しかし投げられ石の上に落下したソレは、水風船のようにべしゃりと潰れ、すぐに元に戻った。
正体がわからず、俺はソレに近づき今一度触ってみた。初めての感触だった。柔らかいが硬い。意外と質量があり重く、握ったり伸ばしたりすると形は変わるが、少しおいておけば元の石のような形に戻る。とにかく不思議な感触で、俺はあっという間にナイフのことなど忘れた。
ソレを再度地面に落としてみる。べしゃりという感覚がなんとも小気味よく、俺は何度もソレを地面に落とし、そして叩きつけるようになった。勢いよくやればやるほどソレは気持ちの良い音が鳴り、俺は夢中になってソレをなぶった。
目の前の大岩に思いきり投げつけてみた。ソレが岩に潰された瞬間、俺の脳に沁みるような破裂音が鳴り響く。川の音で恐らく、俺以外の誰にも聞こえない。岩にぶつかり跳ね返ること物なく、べちゃりと変形したソレは、少しの間岩にくっつきそして落ちた。黙って見ているとゆっくりと元の形に戻っていく。その過程の全てが気持ちよかった。
俺はソレを何度も岩にぶつけ続けた。石だらけで不安定な足元で、何度か足を捻った気もするが構わなかった。何ヶ月も溜め込んだ感情とか、そんなものたちの澱みが一気に解消されていくようだった。
いったい何回ぶつけたのか。気づけば肩が上がらなくなっていた。満足して俺はその場を去った。ソレは置いていった。何となくここから動かしてはいけないような気がしたし、誰にも取られたくなかった。バタフライナイフのことは完全に頭からなくなっていて、次の日に学校で奴に聞かれてやっと思い出したほどだ。
お気に入りのナイフがなくなって、奴の機嫌はすこぶる悪かった。おけげでいつも以上に殴られ蹴られ、ノートも教科書も体操服も破かれ泥だらけにされ、給食もひっくり返され、落ちたカレーを食べさせられた。ワイシャツも体操服もなくなった俺は、午後の授業は上半身裸で受けた。2時間とも担任の教科で、彼は、ふざけた格好で授業を受けるなと言った。クラスは爆笑だった。何も言われないことに味をしめた奴らは、その格好を写真に撮り、6時間目はズボンまで剥ぎ取られ、パンツ一丁にされた。ソレでも担任は見ないふりで、淡々と授業を進めた。
ベタベタになったワイシャツと、担任に渡されたカビ臭いジャージを着て、俺は下校した。部活もなくまだ明るいうちに、川へとやってきた。そこには昨日のまま、バタフライナイフとソレが置きっぱなしになっていた。俺は衝動的にナイフを拾い、ソレを突き刺した。程よい弾力とさっくりと入っていく感覚に気が高揚すると、ソレは啼いた。まるで痛みを感じているかのような叫声に驚いた。もしかして、コレは何かの生物なのだろうか。自分のやってしまったことにゾッとしたが、ソレにできた刃痕は、スライムのようにとろてけくっついた。血も出ていないし動きもしない。生物というには、あまりに異形すぎた。
これが生物であるわけがない。そう結論づけ、俺は改めてナイフをソレに突き刺した。今度はゆっくりと、刃をソレに埋めていく。差し込んでいる間、ソレはずっ啼き続けた。本当に苦しんでいるように、刃の動きに合わせて啼き声も変わる。その声を聞いているだけで、心が軽くなった。本当によくできたおもちゃだと感心した。
俺はソレに取り憑かれたように部活はサボり、授業が終われば川へ直行した。おかげで奴らに絡まれる時間も少なくなり、一石二鳥だった。チャットアプリの通知はオフにした。知らないところで何を言われていようが、どうでもよくなった。
ソレの音を聞けば、陰惨な日々の鬱屈も昇華された。心痛をぶつければぶつけるほど、俺の求める悲鳴に変化していくようだった。
奴に殴られれれば、ソレを石の上で思い切り踏みつけた。
冤罪を被されれば、ソレを石で擦り潰した。ぶちぶちと繊維がちぎれていくような感覚があった。
金を取られれば、ソレにナイフで穴を開け、指を捩じ込み引きちぎった。ちぎれた断面は肉感があり、生肉を剥がすような感覚だった。また、放っておけばちぎられた破片も、いつの間にかくっついていた。
そうするとどんどんとソレは、奴の声に酷似していった。奴の悲鳴など聞いたことはないが、ソレが奴に似てきたと思うと、一層気分は高揚した。
コレには、もっと成長してもらわなければ。コレは奴の分身だ。
それからのソレの成長は著しかった。石のようなだったソレの色は肌色に変化し、丸かったソレから、四肢のようなものが生えてきた。叫声を上げるだったのに、ヒトデのような動きを見せるようになった。俺はそれにナイフの刃を当て、遠慮なくに切り離した。
おもちゃのナイフだったはずなのに、常に置きっぱなしにしていた奴のバタフライナイフが、ソレをいたぶっていくうちに、よく切れるようになった。
ソレが痛そうに叫ぶ。奴が叫んでいるようで痛快だった。足を手に入れたことによって、ソレはいたぶられると俺から離れていくようになった。しかしその足を捕まえて、また切り離した。断末魔のような甲高い声が、川に飲み込まれる。切り離した四肢をそのまま置いておくと、勝手に本体にくっつき、元に戻った。壊れることのない便利なおもちゃに、俺は心から満足だった。
手足も生え、逃げることもできるのに、ソレは決してそこからいなくなることはなかった。それは、俺がしている行為は適切なのだと、俺が思い込むことを助長した。
ソレのおかげで、俺は奴らに何をされても気にならなくなった。殴られたら痛いけど、それだけだった。行き場をなくして腐敗していくだけだった負の感情がなくなった。何をされたって、俺にはアレがある。そう思ったら、いっそいじめられていることが、清々しくなった。それでもいじめはなくならず、むしろより苛烈を極めた。
素手だった暴力が、武器に変わった。棒状の物で腹を思い切り突かれ、我慢する間もなく吐瀉物を吐き散らかした。当然のようにその上に寝ころばせられ、掃除させられた。
ズボンまでに止まらず、下着まで脱がされるようになった。仲間内だけだったその行為も、女子の前でやらされるようになるまでに時間はかからなかった。屈辱的な行為も幾度となく強制された。
苦痛に上限はないのだと痛感した。きっと川に飛び込めば楽になる。しかし川に行ってソレを見るたび、最後にコレを痛ぶり尽くしてからにしようと、俺はソレを手に取る。
無脊椎動物の動きではなくなったソレの関節を、可動域とは反対にへし折る。ポキッという痛快な感触が、麻痺していた脳みそを癒していく。さらに折った部分をグググと伸ばしていく。ぶちぶちと繊維が引きちぎれていく。ソレは金切り声を上げ続けた。もうその声は、完全に人間のものになっていた。
俺はゆっくりゆっくり腕の引き伸ばしていく。人間らしくなってきた手のひらサイズのソレは、手足をばたつかせ、抵抗するような動きをする。それがまた俺の加虐心を挑発した。腕の捻ってみた。折れたところを支点に腕が何周も回り、腕が絞られていく。ソレは叫ぶだけではなくなり、びくびくと痙攣し出した。ついにはぷちっと腕が落ちる。傷口を抑えるような動きが人間っぽくて、悦楽に浸った。
さらに手の中で力だらっと力なくぶら下がったソレの足に、躊躇なく鋏を入れた。バチバチと足を細切れにしていく。芯のあるサラミのような感触で、切っていてとても気持ちがいい。頭部までバラバラにすると、さすがにすぐには復活しなかった。でも次の日に来ると、もうソレは元に戻っていた。
奴らに対する怨讐も自殺願望も、全てソレの成長とともに受け止めてくれた。
足が生えれば切り離し、胴ができれば腹を捌いて中の物を引き摺り出した。指が分かれれば釣り糸で縛り切った。首ができれば括り上げたり、滅多刺しにした。ソレは良く啼いた。絶望を知らない無垢のように、毎日毎日、飽きもせず啼いた。
衣替えの時期が過ぎた頃、俺の自殺願望は消えた。凄惨な日々が終わったわけではない。悪化の一途だ。ノートも教科書も、使えるページはなくなった。カンニングの罪をかけられ、評価は地に落ちた。部活は無期限の雑用係。先輩からもいじめられるようになった。ほとんどの知り合いが、俺の全裸写真を見た。名前も知らない生徒に、廊下ですれ違いざまに暴力を受ける。担任は見て見ぬふりだ。
だから俺も、図書室から『世界の拷問図鑑』を借りた。できる限りの方法を、ソレに施した。その頃には、頭部のようなところに口のような穴ができた。おかげで啼き声がより明瞭になった。
磔刑。串刺し。火炙り。釜茹で。万力締め。生き埋め。ソレの目一杯の叫声に俺は歓楽に酔うことを止められなかった。
そんな日々を平日も休日も関係なく数ヶ月過ごした。ソレが何百回死んで、何万回叫喚したのか、考えもつかない。今日もソレをナイフで切り刻み、五体不満足にして放置した。完全に全てを切り刻んでしまうと、死んだように反応がなってしまう。それでは面白くないので、胴と頭だけを残して、芋虫のように動きながら啼き叫ぶソレを観賞していた。腕と足が無くなったぐらいでは死なない。
手のひらサイズで、鼻も目も髪も陰部もないコレは、人間の出来損ない。つまり奴だって、人間の出来損ない。似てるけど絶対的に違う。そういうことだ。
俺はこの日、初めてナイフを持ち帰り、翌日の学校にもそのまま登校した。
体育の授業終わりに、女子のワイシャツがなくなった。全員が犯人は俺だと、決めつけていた。急に教室でパンツを脱ぎ出すし、女子の体を触る。そんなことをやらされていた俺を見る周り目は、犯罪者を見るものだった。
当然、女子のシャツは俺のカバンから出てきた。発見したのは奴だ。奴の最近のブームは、俺を犯罪者に仕立てあげること。性犯罪者に服を取られた女子は号泣だ。
俺は生徒指導室に呼び出された。扉の外から、その様子を奴らが撮っている。
担任は嘆いた。これ以上問題を起こさないでくれと。
いじめ問題なんて面倒臭い。だから被害者の俺が何も言わないことを良いことに放置。元凶には何も言わず、あまつさえ被害者の俺を叱り続けた。
その報いがこうだ。問題が大きくなり、クラスと部活の中だけでは処理できなくなってきた。担任も上から指導を受け、被害女子の親も乗り込んできた。
誤魔化しが効かなくなり、担任は明らかにイラつき焦っている。激しい貧乏ゆすり。机の上の手は、早いテンポで指を打っている。鬱陶しい音だった。
俺はナイフを取り出し、トンと、そのうるさい手をナイフで止めた。「ひぃ」と担任が鳴いた。歪む口元が見苦しかったから、思わず殴った。椅子が倒れ、担任は大声を上げた。その手に刺さったままのナイフを抜く。ナイフが刺さったまま勢いよく倒れたからか、傷口が裂けて抉れていた。
振り返り教室を出る。扉を開けるとすぐに、奴と連れの3人がいた。教室内にスマホを向けたまま、アホ面が見上げてくる。俺は連れの2人の喉の真ん中を刺した。血と、悲鳴にならない呼気が、喉に空いた穴から漏れる音がした。ああ、失敗した。喉を裂いては悲鳴は聞こえない。連れにかまっている間に逃げてしまった奴を追う。
俺よりも足は早いはずなのに、簡単に追いついた。こんな時に使えない足なんて、なんの意味もない。
まず後ろから首を刺した。真ん中は骨があって固そうだから少しずらして。思った通りすぅっと歯が飲み込まれて行った。廊下に叫声がこだました。俺の気分は高揚した。夢にまでみた声だった。
首を抑えて廊下に倒れ込んだ奴に馬乗りになって、背中を3回刺した。上の方には肋骨があって、刃が奥までいくのを阻まれたけど、脇腹のあたりはさっくりと、全ての刀身が入った。それを引き抜くと、どっと血が溢れて廊下を濡らす。「あ……あ……」と、奴は声を漏らすだけ。物足りなかった。
奴に正面を向かせ、血溜まりの上に押し倒した。俺がナイフを振り上げると、奴は頭を庇うように腕を上げた。その腕を何度も刺した。ブレザーの袖口から血がボタボタと落ち、奴の顔や腹の上を濡らしていく。裂けた肉の破片も、いくつか落ちている。
痛いとか、許してとか、そんなのは耳障りだ。叫んでくれればそれでいいのに。
痛みで上げていられなくなったのか、腕が下がる。見えた泣きっ面に、迷わず刃を刺した。すっぱりと頬が裂け口の中が見えた。二つの口から漏れたのは断末魔だった。やっといい感じになってきた。アレはもう少しいい響きだった気がする。もう少し――。
もっと奴の悲鳴を俺好みにしたかったが、それは叶わなかった。たくさんの大人の手に遮られてしまった。
奴らは誰も死ななかった。殺すことが目的じゃなかったから別にいい。
しかし、よく自分にこれほど大それた事ができたなと、警察や取り調べや審判を受けている間、俺は冷静だった。
親への相談することも、言い返すことさえできなかったのに、4人もの人間を刺す事ができた。そこに罪悪感はなかった。むしろ達成感の方が強かった。逮捕され勾留され、学校にも行けなくなり親は憔悴していたけど、後悔もなかった。もっと上手くやれたのかもしれないけど、この現状が俺の精一杯だった。武器を取れたのはアレのおかげだ。
ナイフを振り上げる恐怖心も、人を刺す罪悪感も、アレが全てを快感にしてくれた。アレがいなかったら、こんな恐ろしいことをやって、こんなふうに平静でいられることもなかっただろう。
感謝の気持ちが湧き上がると同時に、疑問も湧く。アレは一体なんだったのか。
あの時は、コレは自分のための物。だから何をしたっていい。痛めつければつけるほど、生物のように成長していくのだから、コレのためでもある。なんて、都合よく考えたが、アレは成長なんかしたくなかったのかもしれない。殴られなきゃ成長できないなんて、辛い思いをするなら、成長なんかしなくていい。俺ならそう思う。こんなに辛い思いをするなら、生まれたくなかったと。俺も毎日毎日考えていた。
大人たちの誰かに言われた。ストレスを溜めるくらいなら、感情のままに殴るってしまったっていいと考えることもあるだろうが、実はそれは怒りを増大させるだけの悪循環の行為なんだと。さらに暴力のハードルが下がり、簡単に手を出すようになってしまうと。
俺は毎日怒りのままアレを痛めつけ暴力を振るっていた。だから俺は、奴らを刺せたのだと、納得した。
俺の怒りを増幅させたのは俺自身だったのか、恨みを暴力に変えることができるようになったのはアレのせいだったのか、俺にはわからなかった。
それでもやはり疑問は残る。アレは俺好みの悲鳴を覚え、俺に快感を与え、おもちゃのナイフさえ切れるようにした。アレはどう考えても俺の復讐を後押ししたようにしか思えない。アレは一体なんだったのか。
しかしアレをあんな姿にしてしまったのは、間違いなく俺だ。俺はとんでもなく虚しい存在を作り出してしまったのではないかと、自責の念にかられた。
審判が終わり、季節が変わり、学年が変わり、住む場所も学校も変わったが、俺がまず向かったのはあの河原だった。
アレを放置して数ヶ月。もうどこかへ行ってしまったか、元の柔らかい石の戻っているか。だとしたら、どれほど気持ちが楽になるか。川の音が近づくとともに、それに紛れた悲鳴がかすかに聞こえた。まだアレがいることがわかり複雑な気持ちのなるが、すぐに気づく。その悲鳴は、俺が育てた声ではなかった。しかしそれは馴染み深く、でも一体どこで聞いたのか、思い出せなかった。
最後の草を掻き分けた。
アレは手のひらサイズだった。どんなに奴を想像しながら嬲っても、声以外はほとんど成長しなかった。それなのに、そこにいたソレは俺よりもはるかに大きく成長していた。全身肌色で、柔らかかった肉はなくなり、ゴツゴツと骨が浮き出ている。髪はなく、顔の大部分をしめる開けっぱなしの口には鋭い牙が並び、その間からはダラダラと涎が滴る。
ヤツの手元で悲鳴が聞こえる。そこには、また別のソレがいた。別のソレは俺のよく知る姿で、手のひらサイズ、肌色、短い四肢があった。
育ったヤツは大きな図体を縮こまらせて、小さなソレを引きちぎっている。ぶちぶちと分解されていく小さなソレは啼き叫んでいる。目の前に広がるこの光景は、きっとあの頃の俺タチだ。
ぎょろりと、ヤツが俺を見つけた。目はないのに、俺を凝視していることはわかる。気がつくと、ヤツは大口を開けて目の前にいた。咄嗟に身をかわしたが、左腕に牙が食い込んだ。筋肉が破れ骨が断たれ、腕がちぎれた。感じたことのない痛みで頭がいっぱいになって、反射的に叫んだ。
それで気づいた。さっき聞こえた悲鳴は、俺の声だ。小さいソレは、俺の悲鳴を上げている。俺が恨んだ奴を育てたように、コイツも憎悪の対象を育てている。
俺の腕を美味しそうに食べるコイツを見て理解した。どんな宿命だろうと、生まれてしまったら生きるしかないのだ。美味しい肉を食うために、そのための口を得るために、コイツは叫ばなければならなかった。だとしたらソレは、コイツの子供か。
俺の復讐なんて、ただの副産物。感謝なんて無意義。俺がコイツを育てていたなんて、とんだ驕り高ぶりだった。なんて、気づいたってそれこそ無意味。
全身に激痛が走るとともに、ブツリと、俺の意識は途絶えた。
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