蛆虫が裂く花

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  *  うるさいだけの羽音が頭の中で鳴り止まない。  体に残る痛みと怠さが最悪の目覚めを誘発した。重たい体を起こし、部屋の明かりを点ける。  大量に集る(はえ)が真っ暗な靄を作り、無限とも思える蛆虫(うじむし)の群れが生きるために脳味噌の皺にびっしりと張りつき蠢く。見慣れた景色なのに、この空間は散らかっていてあの女の仕業だとすぐに理解した。  ルーズコントロール……自制心を失ってからのことを覚えていない。でも、部屋に漂うもう一つの腐敗臭から仕留めたことに違いない。  辺りを見渡せば、生首だけになった彼女の地雷メイクはぐちゃぐちゃと赤茶色で塗り替えられていて、瞳は空洞に幼虫がひっそりと這う。体は嬉々として蟲が食い破っていて卵を植え付けていた。人の男に手を出す売女(ばいた)なんて蟲達の交尾宿がお似合いだ。 「そう言えば……」  彼女のことはどうでもいい。私はこの巣で眠る彼の姿を探す。 「よかった……無事だったんだね」  彼は相変わらず窓際にいた。心地よさそうに眠っている……そう思っていたけど様子が違う。長い夢から覚めたのか、両目とも開いて真っすぐと私のことを見つめていた。嬉しさのあまり涙を流しているようで彼の熱い視線に心がキュンと煌めく。 「やっと起きたんだ……おはよう」  パックリと割れた頭頂部、主張する脳味噌からは透き通るほど美しい白濁のスノードロップが咲き乱れていた。大好きな彼の匂いに、凛と澄んだ花の香りが混ざり合う。  ふと、部屋がいつもより暑いことに気が付いた。これが咲いたということは、暖かい季節が訪れたということ。二人で育て上げた新しい命に、心臓の鼓動は早くなる。  目覚めたばかりの視線を独り占めして、何度も口唇を交わす。アナタ色に染まるスノードロップはそんな私達をいつまでも見守りながら蛆虫に噛まれ枯れて逝く。
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