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第15話
「見てください。この愛くるしい表情、知的な黒い瞳。ちょっと短い手足に、小ぶりなお鼻。そして、見た目以上にもっちりとしたふわふわの毛並み!」
全員がルティの手元に注目する。
ルティの声に合わせて、ボーノは途端に目をきゅるるんと潤ませて『ぷう』と鳴いた。長年ルティの相棒をしていたボーノは、ルティと息がぴったりだ。
ボーノが可愛く瞬きをすると、ルティはさらに口を開いた。
「このもっふり感、たまらなく触りたくなりませんか?」
ルティの説明を聞いていたメイドたちは、ごくりと唾を呑み込む。
それと合わせてボーノは再度目を潤ませて『ぷう』とあざとい仕草とともに可愛く鳴いた。
「特別に撫でてもいいですよ。ですが、豚ではなく真珠豚というのをお忘れなく」
そう言ってメイドの一人にボーノを渡す。彼はここぞとばかりに尻尾をぱたたたっと振った。
「……っ! か、か、かわいい!」
もふもふの毛並みに触れたメイドは、ぱああと表情を明るくする。
ボーノは背中を撫でられると、気持ちよさそうに目を細め始めた。それを見ていたメイドたちは、一瞬でボーノの可愛さに虜になったようだ。
「私にも触らせて!」
「待って、私もぜひ……!」
そうしてあっという間に、ボーノの可愛さにメイドたちがわらわらと集まってくる。
「真珠豚がこんなに可愛いとは思いませんでした。それにおとなしいですね」
「生き物嫌いのオーウェン様も、ボーノ君にはお心を許されているのですね!」
ルティは内心ギクッとしたが、平静を装った。
「生き物嫌いのオーウェン様も、ボーノにはメッロメロです。だってこんなに可愛いんですもの。お仕事の疲れが癒されているそうですよ」
ルティの説明に、なるほどとメイドたちが首肯していく。すっかりボーノは人気者だ。みんなに撫でまわされ、心地よさそうに『ぷぷぷぷーん!』と鳴いている。
しばらくの間木の後ろから様子を窺っていたオーウェンは、タイミングを見計らって姿を現した。
「楽しんでいるところ失礼。そろそろ部屋に戻ろう」
颯爽と現れたオーウェンに、みんなは恐縮したようだ。ルティはメイドからボーノを受け取る。
「お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした。またお話ししましょうね」
ボーノと一緒に来てほしいと懇願され、笑顔でルティはその場を去ろうとする。途端、オーウェンがルティの腰に手を回してきて身体が引き寄せられた。
見上げると、オーウェンは耳元に顔を寄せてきた。
「恋人らしく見えるようにしているだけだ」
「まだみなさん見ていますか?」
「ああ――」
振り返ろうとしたのだが、ルティは思い直してオーウェンの腕に自分の頬をピタッとくっつけた。
メイドたちが後ろで息を呑むのがルティにもわかる。どうやらこれも、熱愛アピールとして有効なようだ。そのまま彼の腕にぎゅっと抱きつく。
使用人たちの視線の届かないところまで来てから、ホッとしながらルティはオーウェンを見上げる。
「オーウェン様、私も演技が上手くなったかも……オーウェン様!? どうしたんですか、顔が真っ赤!」
「なんでもない。少し暑いだけだ」
オーウェンは慌てたように話題を変えた。
「ひとまずこれで『偽恋人』疑惑をまぎらわすことができたかもしれない。君の演技がよかったようだ」
オーウェンに褒められたことが嬉しくて、ルティはボーノをよしよしと撫でながら、彼のもふもふの脇腹に顔をうずめた。
「さっきはお利口さんだったね、ボーノ!」
褒められたボーノは、嬉しそうに『ぷぷぷぷん』と尻尾を振った。
「そういえば、人間だけでなく動物も嫌いとは知りませんでした。オーウェン様もボーノにメロメロだと、設定に無いことを言ってしまいましたね」
「まあ……得意ではない」
ルティはちょっと寂しい気持ちになる。
「いずれボーノも好きになってくれたら嬉しいです。オーウェン様は用心深いですし、食べ物の安全を確認できるこの子がいれば安心できるはずなんですけどね」
それにオーウェンはハッとした表情になった。
「いつ、わたしが用心深いと知った?」
「朝のお食事がずっと同じメニューでしたから。いつもと違うものが入っていたらわかるように、常に同じものを食べているのかと思いまして」
それに、布越しなら痛くないとわかっているのに、長年人に触れないようにしていたのもオーウェンの慎重な性格を物語っている。
一緒に過ごしてみて、オーウェンが食事に気をつけていることと、仕事熱心だということはよくわかっていた。
「偏食や好き嫌いだとは思わなかったのか?」
オーウェンの問いに、ルティは自信を持って首を横に振った。
「オーウェン様は騎士です。それも、王弟殿下に仕える身。仕事に真面目で一筋だと、初めにレイルさんが教えてくれましたから」
ルティはとろけているボーノをさらに撫でてマッサージする。
「私が弟を守りたいように、オーウェン様も、嘘をついてでも守るべきものがあるのをわかっています。だから、力になりたいです」
オーウェンは少々沈黙のあと、口を開いた。
「ああ、頼りにしている」
「任せてください。もっともっと、『熱愛アピール』できるようにしますから!」
それはほどほどでいいと、オーウェンはなんだか気まずそうにしている。
「ところで、せっかくなのでちょっとだけでもボーノに触ってみます?」
腕の中でとろけて平べったくなっているボーノを見せる。オーウェンは「いや、いい」と断った。
「一回撫でたら、くせになる可愛さなのになぁ……」
ルティはムッとしながら口を尖らせた。
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