神候補

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 世界を創造した唯一神は言った。 「私の死期が来たようだ」  それは唐突な発言だった。  その発言に天界はざわつく。  天使達は皆、神の側へと駆け寄り神の身体を労った。 「よい。死期は決まっていた事。如何に神と言えど存在が消滅するときが来たのだ」 「か、神よ。畏れ多くも発言させていただきます」  ある天使が傅きながら話し出す。 「神がお隠れになった後、我々天使、引いては人間達はどうなるのでしょうか?」 「私の創造物である、お前たち、そして人間は皆、私と共に消える……しかし、お前たちや人間には個々に命と意識が存在する。私はそれを尊重したい」 「と、言うと?」 「うむ。次の神を決めようと考えている」 「次の神ですか?」 「そうだ。私に代わり人間界を見る者を選定するのだ」 「そ、それはどうやって?」 「お前たち天使に最後の頼みだ、人間の中から新たな神に相応しいと思う者を24時間以内に見つけてほしい。いつの世の人間でも構わない」 「24時間ですか?」 「そうだ」 「いつの世でも、というと?」 「これまで地上に生を受けた者であれば構わないとういことだ。さぁ、時間がないぞ。天使達よ、早く次の神に相応しい者を見つけてこい」  天使達は神の言葉を聞き終え一斉に背中の翼を広げ飛び立った。ある者は地上へと降り立ち、ある者は天界に眠る人間の魂の中から探した。  限られた時間の中で天使達は次の神に見合う人間を吟味した。  そして、ある天使が神の元へと帰って来て言った。 「私はジャンヌダルクを推薦したいと思います」 「どんな人物だ」 「彼女はオルレアンの乙女と呼ばれ多大な功績を収めた後、死後聖人として崇められております」  天使は言って、ジャンヌダルクの魂を神に差し出した。  魂は丸い珠のような形をしており美しい輝きを放っていた。 「ふむ。確かに素晴らしい功績だ。人々からも崇められている。だが、残念ながら私の求めているものではない。次」  天使はそれを聞いて少し残念そうな顔をした。  そして今度はさっきの天使の後ろに待機していた別の天使が言った。 「私はマザーテレサを推薦致します。」 「どんな人物だ」神は聞く。 「はい、修道女であり神の愛の宣教者会を創設し、その活動は世界中に渡っております。彼女もまた聖人として崇められている存在です。」  言って天使はマザーテレサの魂を神の前へ出した。  マザーテレサの魂もジャンヌダルクに負けず劣らず美しい輝きを放っていた。 「なるほどな。こちらも素晴らしいがやはり私の求めるものではない……次」  その後も天使達は、神へ次期神候補の魂を献上した。  ペトロ……フランシスコ・ザビエル……パウロ……卑弥呼…… 孔子…… ゴータマ・シッダールタ……  しかしその誰もが、神の目に叶うものではなかった。  神はため息を吐いた。 「もう良い。お前達はよくやってくれた。しかし、どうにも私に変わる神候補がいない」 「畏れ多くも、神よ。一体どういった人物をお探しで……?」  ある天使が手を挙げ聞いた。 「お前達が選んだ者は誰もが生前、徳を積み聖人と崇められている。しかし、そのどれもが神を信仰こそせど、神としての役割を担えるとは言い難いのだ」 「神としての役割……ですか?」  天界の天使達全員同じ疑問が頭をよぎった。 「そうだ。神の役割は人間を見守る事であり導く事ではない。現に私は世界を創造してからというもの下界を覗き見るだけに止め、下界へ降りて直接手を出したことはない」 「なるほど……しかしその様な者、居るのでしょうか?」  神は腕を組み少し考える素振りをして 「最早私の余命も数時間しか無い。どれ、私自ら下界を覗こうではないか」  そう言って神は人間界を覗いた。  朝だというのにカーテンを締め切り暗い部屋の一室で顔に煌々と光が当たり目をしょぼつかせている男がいた。随分と風呂に入っていないのか髪はベタつき、顔も脂ぎっている様に見えた。 「おぉ。居るではないか。あの者がよい。あの者を次の神として迎え入れる」  感情を表にあまり出さない神が初めて嬉々とした表情を見せた。そして次の瞬間に神は光に包まれ消えてしまった。遂に残り少なかった寿命が潰えたのだ。  そして、天界に新たな神としてその男が迎え入れられた。  男は自分の置かれている状況を理解できず口をあんぐりと開け、初めて見る天使達に目が点となっていた。  天使がこれまでの経緯を説明した。  先代の神が寿命でお隠れになったこと。  新たなる神として男を迎え入れたということ。  男は天使からの説明を受け、時間が経つにつれ自分の置かれている状況を理解し出した。 「それで、なんで俺が選ばれたんだ?」  男は天使に如何にもな質問を投げかける。 「先代の神は最期に言っておられました。この世を導く者ではなく、この世を見守る者が神に相応しいと。そして貴方がこれまで過ごされていた生活は、先代の神がご自身の姿に最も近いと感じとったのです」  それを聞いて男は笑った。  聖人と呼ばれる数多の偉人からではなく、ロクに定職に就かず親のスネを齧り、日がな一日を惰眠とシュミレーションゲームで貪っているニートが神に選ばれたのだから。
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