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「うわぁああああああ!!」
天使というものは常に慌てず冷静に、神の使いとして恥ずべき姿を見せぬよう清らかに優雅なままで在り続けることに全うするべきものである。今の僕のように情けなく大声で喚きながら天界から地上へ落ちていくなどという失態を起こすことは許されない。そもそもそんなことは普通なら起こらない。だって僕ら天使の背中には通常、天高く舞い上がることができる立派な美しい翼が生えているのだから。じゃあ僕がどうして地上へと真っすぐ落ちているのかというと、それは単純かつ明解だ。僕には立派な美しい翼が“ちゃんと”生えていないのだ。
本来の天使の姿とはかけ離れたみっともない姿で地上へと落ちていく。落下時間が長すぎて途中から悲鳴を上げることもなくなり、最後には静かに落ちていった。だらしなく四肢を投げ出した姿勢で大きな木を突き抜けるようにして地上にめり込んだ。人間の姿をしていても人間を遥かに超越した存在の天使である僕はこんなものでは死なないけれど、どうせならもっとかっこよく人間のいる地上へと舞い降りたかった。
「ぶへぇ……」
体を起こし口の中に入った葉っぱを吐き出した。ここはどこだろう。周りは木々に囲まれている。どこかの森だろうか。いや、落ちる前に建物が見えたような……とにかく誰か人間に見つかりパニックになる前に天界から助けがくるといいのだけれど……しかし天使の中で落ちこぼれの僕を、良い目で見ていない天使たちが助けに来てくれるのだろうか。
「はぁーあ……」
すぐには人間がいないだろうと大胆にも大きなため息を吐いた。何か空から落ちて来たのを見て近づいてくる人間もいるかもしれない。一旦どこかへ身を隠さないと。体に纏わりつく木の枝や葉っぱを払いながら立ち上がる。天使が地上に降り立ったという話は、天界でも嘘か本当か分からないくらい古い伝説でしか聞いたことがない。今の天界の天使たちは神様と戯れながら永遠を過ごし、人間と直接関わることは全くと言っていいほどない。僕を含め天から眺めることを趣味にしている者もいるけれど、人間に興味を持たない天使たちも多い。おそらく僕は今、天使として初めて地上を踏みしめ、歩き出し――
「え?外国の子?」
振り返ると人間が立っていた。僕と違ってのっぺりとした地味な顔の若い男の人間。中肉中背の僕より細身だけれど筋肉質な体つきだ。ぴっちりとした動きやすそうな服を着ている。まさかこんなに早く人間が来るとは。しかし子ども扱いするとは失礼な奴だ。僕は見た目はコイツよりも幼く体も小さいが、人間を超越した存在である天使だぞ。
「えーっと、ボディ、セーフ?ア―ユーオーケー?」
全身が泥だらけの僕を見て何か手助けをしようとしてくれているのだろうか。目の前の人間は身振り手振りを交えながら英語とやらを一生懸命話そうとしているようだ。気遣いはありがたいが僕ら天使は人間が取り扱う言葉など全て網羅している。
「怪我はしてないよ」
「あ、日本語通じるんだね。なんかすごい音がしたんで来てみたんだけど。大丈夫?」
「あぁ」
「キミ……その頭の輪っか、とても綺麗だね。どういう原理で浮いているんだろう」
男は顎に手を添え、僕の頭に浮いている天使の輪を興味深い目で見ていた。体型からして何か運動をしているアスリートタイプなのかと思ったけれど、その姿はまるで好奇心旺盛な科学者のようだ。
「いや、これは……その」
「触ってみてもいい?」
「だ、ダメだ!そんなことをしたら天罰が下るぞ!」
「あぁ、そういう設定なの?」
「設定だと⁉僕は本物の天使だぞ!」
僕はまさしく人間たちが天使だと思う格好をしていた。全身真っ白な服を纏って頭上には天使の輪が浮いている。今は天から落ちてきたせいで真っ白だった服は所々破れ泥だらけだけど。きっとこの人間は僕のことをコスプレイヤーだと勘違いしているに違いない。設定だと言われてついムキになって正直に答えてしまった。しかし人間にまで“天使だと認められない”のは気に食わなかった。
「あぁそっかそっか。ごめんね」
「貴様信じてないな!子ども扱いするな!」
「ごめんて……その背中の翼も綺麗だね」
「は、話を逸らすな!翼も見るんじゃない!」
男は僕の言うことを適当に受け流し、その好奇心は僕の背中にある翼へも向いていたが、僕には翼を見られたくない理由があった。そもそも僕がこうして地上に堕ちてきた全ての元凶はこの翼のせいだった。
「片方の翼は取れちゃったの?」
「最初からないんだ!!不細工だろう⁉悪かったな!!」
この人間に悪意がないことは分かっている。僕がこうして八つ当たりをするのが醜いことだということもちゃんと分かっている。それでも僕は生まれつきちゃんと両翼が生えず、片方しか翼が生えなかったせいで、僕は――
「じゃあ俺が作ってあげようか」
「……は?」
泣き喚く僕の頭に優しく手を置いて男は予想外の言葉を告げた。僕の涙は引っ込んで、人間に心底間抜けな顔を晒していた。
*
「迫田(さこた)先輩。迷子見つけました」
「迷子ではない!」
「あぁごめんごめん」
ずっと僕を子ども扱いする真木(まき)を叱りつける。僕を見つけたのは真木という人間だった。見つかった場所は日本の大学の敷地内のようだ。真木は大学生でサークル活動とやらの為に近くでトレーニングをしていたらしい。日本のことや大学、サークルのことは天界から眺めていて把握している。
「おん?……すげぇ汚れてんじゃん。何事?」
「いやぁ、詳しい事情は今から聞こうかと」
「ほーぅ?」
部室の中にいた迫田と呼ばれた人間の男は泥で汚れている僕を見てタオルを僕に貸してくれた。とりあえずは良い人間のようだ。しかし僕の頭の上に浮かぶ天使の輪とボロボロの服を見かねて肩に自身が来ていた上着を着せようとして、その違和感に気付いたようだ。
「……なんだこの輪っか。どうやって浮いてんだ?それにこの翼……リアル過ぎねぇか?」
「そうなんですよ」
「だから、僕は本物の天使だと言ってるだろ!」
「先輩、本物らしいっすよ?」
「あんだって?」
迫田とやらも先ほどの真木と同じように顎に手を添えて僕を興味深そうに見つめている。おもむろに天使の輪っかを触ろうとしたから、手を叩いてやった。
「いでっ!」
「それ触ったら天罰下るらしいですよ」
「はぁ?じゃあなんだ?その翼も本当に生えてんのかぁ?」
「そうなんですよ」
「マジかよ」
二人はジロジロと舐め回すかのように僕の全身を観察していた。人間は実験が大好きだと知っている。捕まって実験台にされるのかと戦々恐々とした。
「そ、それより!さっき言っていた、僕の翼を作る話の説明をしろ!人間!」
「何の話だ?」
「あぁ。実はこの天使……名前はエルっていうらしいんですけど。この子、片方しか翼が生えていないから、飛べないそうなんですよ」
「ほぅ……普通の天使は空を飛べんのか」
「あぁ……そうだよ……」
僕の翼は生まれつき片方しかなかった。そのせいで周囲の天使に哀れみの目を向けられていた。片方しか翼がない天使といえば、何か大罪を犯し神様によってその翼の片方をもがれ、地より深い地獄まで落とされる堕天使の特徴だからだ。
「片方しか翼が生えなかったせいで僕はイジメられて……天界から落とされたんだ」
「ほーん、天使も残酷なことすんだな」
「それでいつその天界?に帰れるか分からないみたいです。それなら俺たちでもう片方の翼、作ってやれないかなぁって思って」
「なるほどねぇ」
「貴様らなら飛べるように出来るというのか?まさか飛行機とやらに乗せて宥めようとしてるのではないだろうな」
「いやいや、俺らもさ。エルと一緒で飛ぶことを夢見てんだよ」
「どういうことだ?」
「まぁ見てみてよ」
真木は薄い板のようなものを指で操作すると何か映像が流れだした。あぁ、これがスマホというやつか。人間界の進歩の速さには天使も情報が追い付かなくなってきている。
「これは……」
そこには大きな板状の翼を広げ、真ん中に人が寝そべるように吊り下げられ、広い高原から飛び立つ様子が見られた。
「ハングライダーって言ってね、こうして人間も空を飛ぼうっていう奴らの集まりがあんのよ」
「ハングライダー……」
「そう。俺らは大学で研究をする傍ら、こうして空を飛ぼうとしてサークル活動をしてるわけ。空を飛びたい仲間だね、エル」
真木の顔は笑顔であふれていた。その夢と希望にあふれた笑顔は、かつて片方の翼だけでも空を飛びたいと願い、そして諦め傷ついたままだった僕の心を癒し、まだ諦めなくて良いのだと励ましてくれているようだった。
*
その後迫田は用事があるとかで帰って行き、鳥人間サークルの部室で真木と一緒に僕の翼を作る計画を立てることになった。
「そもそも天界ってどこにあるの?」
「空」
「空のどこら辺?」
「それは教えられないが、空高い場所に天界と繋がる“穴”がある」
「ほぇー」
コンビニとやらで買って来てくれたお菓子を食べながら真木からの質問に答えていた。人間のお菓子とやら、なかなか美味い。
「ちなみに片方だけだとどれくらい飛べるの?滑空とか出来る?こう、高いところから飛んで、スイーって進むとか」
「……天使たちは幼い頃に翼で空を飛ぶ練習をするのだが、練習する姿すら醜いと言われたから……僕は飛んだことがないから……分からない」
「エル、飛べないんじゃなくて、飛んだことがないの?」
「……あぁ」
お菓子を食べている手が止まった。そう。真木が言う通り、僕は飛べないかどうかすら分からない。周りの天使の目を気にしてしまい、飛ぼうとする勇気や度胸すらない臆病者なのだ。
「じゃあ、飛ぶイメージをまずはつけようか。今度飛ぶ練習するからさ、エルも一緒に飛んでみよう……そうだ、そういえばそれまで住むところどうしよう……家に運ぶにもどうやって……」
「僕は目立つからそこの箱に入れて運んでくれ」
「え?段ボールに詰めて運んでいいの?そんなことしたら俺に天罰下らない?」
「天使が大丈夫と言ったら大丈夫だ。人間が反論するな」
「わかった。よし、エル。絶対空飛ぶよ!」
片方しかない翼がコンプレックスだとしても、僕の金色の艶やかで雲のようにフワフワの髪は自慢のものなのに。こうしてクシャクシャに天使の頭を撫でる方がきっと天罰が下る行動だぞ真木、とは思いつつも僕は抵抗せずに受け入れていた。
*
「うわぁああああああ!!」
僕は再び情けない悲鳴を上げていた。見ず知らずの天使に優しい人間だと思っていた真木との飛ぶ練習は、思っていたよりも容赦がなかった――
「どうやって飛ぶ練習をするのだ?」
「このパラグライダーの上に寝そべって乗ったらどうかなぁって」
「……貴様、正気か?天使を磔(はりつけ)にするつもりか?」
「だって天使は死なないんでしょ?それなら荒っぽくても経験していく方が手っ取り早いかなって。それに滅多にないチャンスだし、できるなら天使と一緒に飛んでみたいし」
真木め、無垢な顔をして中々無慈悲なことを言う。そういえば何やら大学では実験ばかりしていると言っていた。人間界では科学者たちが無慈悲な実験を繰り返す歴史があると天界の授業で習ったことを思い出して身体が震えた。
「待て、そんな状態で飛んで他の人間の目に止まったらどうする」
「ここは俺の親戚の経営する施設で今日はお休みだから誰も来ないよ。たぶん」
「おい、たぶんて――」
「さぁほら乗って!」
ダメだ、こちらの話を聞くつもりがないようだ。一回り体の小さい僕は簡単に真木の手によってパラグライダーの上へと乗せられてしまい、そして過酷な飛行訓練が始まったのだった。
――「うわぁああああああ!!」
「まだ飛んでないよ!ほら、頑張ってバランスとって!」
まずは平地で低空飛行を保ちながらバランスを取る練習をしていた。それでも僕は不安定なパラグライダーの上で必死になって片翼を動かそうとするけれどバランスが取れず、下で一緒に舵を取ろうとしてくれている真木の健闘も虚しく、バラグライダーはバランスを崩し倒れるばかりだった。
「つ、辛い……」
「ちょっと休憩したら再開するからね」
しばらく練習したけれど、久しぶりに飛ぶために翼を動かしたからか、中々思った通り動いてくれなかった。ベンチに座り弱音を吐いているとスパルタな真木は笑顔のまま無情な言葉を告げてくる。雲の上で生活しながら、ずっと下を向いて生きてきた。今いる場所より高いところを飛ぶことなんて考えることを止めていた。今のところ僕には自分が空を飛べるイメージがなかった。
「何だか懐かしいな」
「何がだ?」
僕が練習中悲鳴を上げている時からずっと、常に声かけをしてくれていた真木の声は楽しそうだった。僕の方はというと何も上達していなかったというのに。
「昔さぁ、妹が自転車に乗る練習に付き合ってあげた時の思い出してた」
「自転車に乗るのは難しいのか?」
「んー……自分もそうだったんだけど、最初はめちゃくちゃ難しいって思うんだよね。すぐにバランス崩して倒れてさ、膝すりむいて痛い思いして。でも一回できるようになったら、それまでの失敗が嘘みたいに簡単にできるようになるんだよね。エルはそういう経験ない?」
「……僕は天界ではずっと落ちこぼれだったから」
「そっか……ちなみにね、俺、高いところが実は苦手でパラグライダーで飛べるようになるまで一カ月かかったんだけど、普通の人だと遅くても10日でできるんだってさ。俺も落ちこぼれなんだよね」
天使を前にして恐れも知らず、容赦ない指導をしてくる真木のことを度胸のある奴だとおもっていた。それなのに高いところが苦手だなんて。意外な真木の一面を知って驚いた。
「どうやって飛べるようになったんだ?」
「んー……勢い?」
「参考にならないな」
「ごめん。あ!そうだ!あとはもう自分に大丈夫だって言い聞かせまくったよ。エルは言霊って知ってる?」
「聞いたことはある」
「言葉には不思議な力があって、言葉にしたら現実になる力があるんだってさ。だからエルも大丈夫!飛べる!って自分に言い聞かせたらイケるって」
「それだけで飛べたら苦労しないだろ」
「天使が大丈夫って言ったら大丈夫なんじゃなかったの?」
「真木は生意気だな」
へへ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべた真木はベンチから立ち上がると休憩の終わりを僕に告げた。
「騙されたと思って大丈夫って言ってみなって」
「人間風情が天使を騙そうとするな」
「練習付き合ってあげてるのに。天使は生意気だなぁ」
「うるさい……ったく……大・丈・夫!」
「おっ……そう!大丈夫!飛べる!」
「僕は飛べる!」
「よし!その調子!」
僕もベンチから立ち上がり吠えるように叫んだ。清らかで美しさのかけらもない、天使らしくない野性的な姿だった。この時僕は練習で疲れていたはずなのに、翼が前よりも軽く感じていた。
「ほら行くよ!」
「ああ!」
もう一度パラグライダーの上に寝そべり、真木とともに飛び立つ練習をする。真木の先輩である迫田はこの間に僕のもう片方の翼を手作りしているみたいだが、練習前に真木と会話した時に出た話によると、僕は片方の羽だけでも飛べるかもしれないらしい。
『エルの話を聞くに、天使たちはとんでもない早さで飛べるんだよね?』
『あぁ、光の速さだ。すごいだろう。敬え人間』
『それだけの動力があるならさぁ、光の速さまではでなくても、実は片方だけでも空飛べるんじゃないかな』
『……何だと?』
『エル以外に片方だけ翼がある天使っていないんでしょ?』
『大昔にはいたらしいが、僕が知る限りはいない』
『なら俺の仮説を信じてさ、試してみない?一応科学者のタマゴなんだよね、俺』――
飛ぶ練習を始めた後も真木の言葉を信じてはいないところがあった。それでも何の進歩もないのに全く諦めの表情を見せず笑顔で練習に付き合う真木の姿を見て、信じてみても良いのかと思い始めていた。
「大丈夫、僕は飛べる。大丈夫、大丈夫……」
パラグライダーの上で同じ言葉を唱え続けていた。真木は部室で僕に見せてくれた。初めて真木が空を飛んだ時の映像を。喜びの雄たけびを上げながら、満面の笑みで飛ぶその姿を。僕も真木と同じ景色を見てみたかった。
「うわあああああああ!!!」
「え?……ちょっ!!エル⁉落ち着いて!!」
僕の下で叫ぶ真木の声は聞こえていなかった。無我夢中で、片方しかない翼を羽ばたかせた。パラグライダーは前には進まずに、乱気流に飲まれたように空高く真上へと飛び上がった。
「うわああああああああああ!!」
今度は真木が悲鳴を上げる番だった。僕は初めて飛んだ感動で言葉が出なかった。真木の言葉は本当だった。まるで今まで飛べなかったのが嘘みたいだ。片翼だけで飛べないことなんてなかった。むしろパラグライダーを掴んで真木も一緒に持ち上げている。僕にこんなすごい力があったなんて、初めて知った。
「エル!さすがに怖いって!!降ろして!ゆっくり!!」
「何だ?僕と一緒に飛びたいと言っていたではないか」
「急に飛びすぎだから!!ってエル⁉」
「練習に付き合ってもらったお礼だ!サービスしてやる!!」
「えぇええ⁉」
なるべくゆっくり空を堪能するように滑空した。最初は恐れていた真木も次第に慣れ、楽しそうな声が聞こえてきた。僕も楽しくなっていた。
「ねぇエル!」
「何だ?」
「俺さぁ、人類で初めて天使と一緒に飛んだ人間だよね!」
「きっとそうだ!」
「迫田先輩に自慢しないと!あ、ってか先輩にもう翼作る必要ないって言わないと……それにエルもさぁ、きっと片方の翼だけで飛んだ初めての天使だよね!」
「そうかもな!」
「じゃあエルは天使の中でも特別な天使だね!」
「……あぁ」
「もう落ちこぼれなんかじゃないよ!!」
「……ああ!!」
ここが空で良かった。目からこぼれ落ちた雫は真木に悟られることもなく大地に落ち、地上へ降りる頃にはすっかり乾いていたのだから。
「真木、世話になった」
「もう帰るの?」
「本来僕はここにいるべきではないからな」
初めての飛行を終え、すぐに僕は天界へと帰ることにした。人間よりずっと長く生きる天使にとって、真木と過ごした時間は生涯の中では一瞬の出来事に過ぎないが、忘れることはないだろう。
「ありがとう真木」
「天使にお礼を言われるなんて、めっちゃ縁起良さそうだね」
「神のご加護があるだろうさ」
「やった!」
「……では、さらばだ!」
すっかりコツを掴んだ僕は、光の速さとまではいかないが、とんでもない速さで空高く飛び上がった。視線の片隅でこちらに手を振る真木の姿を目に焼き付けて、天界へと帰った。
*
「お、落ちこぼれのエルが帰ってきたぞ!良く帰って来れたな!」
天界に戻ると意地悪な顔の通り意地悪な天使に迎えられたが、嫌な気持ちなど微塵もなかった。もうそんなものどうでも良かった。僕はこの短期間でずっと強く、自信を持ったのだ。
「あぁ!帰ってきたぞ!」
「な、なんだよ、その顔、気に食わねぇな……落ちこぼれのくせに!」
「僕はもう落ちこぼれなんかじゃない!」
「あぁ?じゃあなんだよ」
「僕は真木のお墨付きの特別な天使なんだ!!」
訳の分からないと言わんばかりの心底間抜けな面を晒す天使を置いて、僕は更に天高く、飛び上がった。片方だけの翼を力一杯羽ばたかせ、飛び上がった。
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