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鈴を転がすような声で呼ばれる。
二つに結んだ黒髪は、弾む動きに呼応して揺れる。やわらかくうねり、光を跳ねさせ、その笑顔を彩った。
「ダン、あたしここ気に入った」
歌うように言う君へ、頷いてみせる。
そうだね、ここはいい街だ。街道を抜ければ海が広がり、市場は活気に溢れ、街中では空が狭い。
君は空が好きだけれど、こうして建物に覆われている方が、僕たちを隠してくれるから、そこだけは僕の譲れない希望だった。
「じゃあしばらくここにいよう、エリィ」
「うん!」
君の笑顔が、建物の隙間から差し込む光を浴びてきらきらと輝く。
天使が慈愛、優しさ、神に近しい者を意味するのなら、君にこそ相応しい言葉だと思う。
どこに住もうか。あの部屋は空いているみたいだ。そんな相談をしていたら、よほど嬉しかったのだろう、エリィの背中にまだ未発達の小さな翼が浮き上がった。
「エリィ、背中」
「え? あ……!」
白いレースを全体にあしらったキャミソールワンピースの上で、黒い小さな翼がぴるると動く。見えないそれを見ようと身体を捩る動きに合わせ、数回はためいた。
立ち上がり、建物の影に押し込めていた身体を伸ばす。ひょろりと細く、平均的な人間よりも長い身体が地面に黒く蠢いた。全身を黒い服で包んでいるから、本物と大差はない。淡い金色を隠すように、黒いバケットハットを目深に被り直す。
その背中にも、今は見えない翼がある。エリィと違う色のない羽根が、いつかエリィと同じ色に染まることを祈っている。
「落ち着いて。ほら、こっちおいで」
黒いコートでエリィをすっぽりと隠した。気配を消すこと、心を平坦にすること。それは長い年月の中でようやく手に入れた、僕の特技だ。
翼を消したエリィが眉を下げ、僕を見上げる。
「ごめんね、ダン」
そんなこと。本来なら、君には思うがまま、自由に笑っていて欲しいんだ。
「これは僕のエゴだよ」
わからないと首を傾げるエリィに少しだけ目を細めて笑い返す。
「もう少し街を見たら、さっきの部屋の大家さんを探してみよう」
「うん!」
ここは、僅かな間の休憩場所。いつか二人で笑って暮らせる場所に辿り着くまで、ゆっくり旅をする。
時間だけはあるふたりだから、焦る必要はない。
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