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「今日は学校、早く終わったんですか?」
この時間帯に、いるっていうことは。
「いや?俺、学校行ってねぇから」
行ってない?学校に?そう言われて驚く。高校は当たり前のように通うものだと思っていたから。
面白そうに笑う蛍は、「じゃ〜な、そろそろ戻るわ」と、煙草を持つ手で、フラフラと手をふってきて。
煙草を吸いながら、信号もない道路を、車が来ていない事を確認して渡っていく。
そんな彼の紺色のツナギの後ろ姿を、ぼんやりと眺めていた。
普通に喋れている。
3ヶ月前よりもマシになった私の体は、少しずつ、治ってきているらしい。
その次に彼を見たのは、それから4日後だったような気がする。
黒い車のボンネット、というところ開けて、何かの作業をしていた。後ろ姿でもすぐに分かったのは、透き通るほどの明るい茶髪を持っていたから。
「よぉ」
と、校門前で喋りかけられたのは、それから1週間後のこと。またコンビニに行っていたらしく、喉の枯れが治まったらしい彼はもう、マスクをしていなかった。
紺色のツナギを着た蛍は、「今日もリッチ下校か?」と、お母さんを待っている私に聞いてくる。
私がこうしてここにいるのは、今日からリハビリのためにと、校門の前でお母さんを15分程待つ事になったから。
「⋯はい」
「はいって、否定しろよ」
おかしそうに笑う蛍。紺色のツナギは、この前よりも少しだけ汚れていた。黒いような、何かが染み付いたような色。
蛍の笑った顔に、私も少しだけ笑い。
「休憩中ですか?」
「そー」
また人が2人入るほどの距離まで近づいてきた彼。
「時間、バラバラなんですね」
「ん? バラバラ?」
私の言葉に蛍が顔を傾けて、聞いてくる。
「この前はこの時間、働いていたから」
私が小さな声で呟けば、「ああ」と彼は納得したような声を出し。
「早番と遅番で、休憩時間違うし。 ってか客がいきなり来たら、どんどん休憩時間遅れるしな。今も2時間遅れの休憩中」
呆れたように笑う蛍は、「超ハード」と、投げやりな声を出した。
「超ハード」と言いながらも、それほど嫌な顔はしていなく。
蛍は私から道路の方に目をやると、横断歩道のない道路を渡るためか、左右をちらっと見渡し。
「頑張ってください」
そう言った私にフっと笑った蛍は、この前と同じようにフラフラと手をふりながら、道路を渡って行った。
次の日も、リハビリとして15分ほど校門前でお母さんを待つ。待っている間、斜め向かいにある車屋さんが、どうしても視界の中に入ってくる。
今日は休憩中じゃないらしい蛍が、作業着を着て、首には黒色のタオルを巻き、車の側面で何かをしていた。
その光景をぼんやりと見ていると、逆側の側面に移動する蛍が、一瞬、こっちを見た。
蛍は私がいることに気づいたらしく、少しだけ笑いながら、軍手をはめた手でフラフラとこっちに向かってふってきて。
多分、私にふっているのだと思ったけど。
もしかしたら私以外の人にふってるのかも、と思った私は、自分の周りを見渡した。けれども、誰もいなく。
私にふってたんだって思ったから、もう一度、蛍の方を見た。
蛍は少しだけ笑いながら、「おまえだ」というふうに、私に向かって指をさしていて。
さしたと思えば、また軽く手をふられ。
私は少し戸惑いながらも、蛍に向かって手を振り返した。
それを確認した彼は、顔をそらし、また作業を始めた。
高校に行かず、働いているらしい蛍。
そんな蛍に手を振ることができる私は、本当に男という存在がマシになっているのかと思っていた。
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