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ジャリ……ジャリ……と、歩く度に石砂利が鳴った。まだ朝の6時にもなっていない。本来ならばこんな朝早くに来る人なんて、いないだろう。
全く人気のないその場所。
墓ばかりが並ぶ霊園。
彼はとある墓の前で座り込み、ただじっと、目の前の墓を見ていた。座っていても、背が高いと分かる。
ジャリ……と、私が歩く度にその音は鳴り。
その音に気づいているはずなのに、その人は私の方を見ない。2mほどの距離に縮めれば、その人はやっと私の方を見た。
思わず、歩いていた足が止まる。
冷えきった目。
その目は、見たことがあるような気がした。まるで一緒。一昨日の──……なんの感情も籠っていない、藍さんの瞳に。
藍さんと同い年ぐらいだろうか……。
学生でもなく、歳をとっているわけでもない。
私から目を逸らし、再び墓の方に目をやった男は──
「物騒なもん持ってるな」と、笑いながら言った。
余裕が、伺われた。
殺そうとしている私よりも、全く、戸惑う素振りを見せず。
私はぎゅっと、無意識に持っている包丁を握りしめた。
怖い、怖い、怖いはずなのに。
どこか私の頭は冷静で。
手は震えているくせに、〝殺さなければ〟という意思が強くて。
「これ以上近寄らない方がいい」
墓から、とある方へ見た男。その目線には天井の低い黒塗りの車が停められていて。誰かが乗っているのだと分かり。
私がこの人を殺せば、私は車の中に乗っている人に殺されるのだろう。
「……あなたを、殺しにきました」
声が、震える。
「そうか」
「逃げないのですか…?」
「逃げてほしいのか?」
……分からない。
逃げてほしい。
人殺しなんてしたくないに決まってる。
でも殺さなければ愛が……。
ぽたりと、緊張で汗が流れる。
「この場所を選んだのは正解だな」
「……え?」
「こっちに向かって撃てないの分かってる」
撃てない…?
何を?
近くに停められている車……。
男が言っているものが銃口だと分かった時、私は墓の方を見た。
こっちに向かってとは、〝墓の方に向かって〟という意味……。
「どなたか、亡くなられたのですか……」
「ああ…」
誰が眠っているのかと聞く前に、分かってしまった。墓を見つめるその人の瞳が、蛍や、愛と似ていたから。
愛おしいと……私を見つめてくる時の瞳に。
「きき、たい、ことが、」
「……」
「聞きたいことが、あるんです」
「……」
「教えてください……」
「……」
「……あなたは、」
「……」
「やぶき、かな……さんという人をご存知ですか」
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