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私の言葉に怖いくらい目を細めた彼は、「……矢吹?」と、低い声を出した。さっきとは違う声のトーンに、身震いがするほどで。
「はい……」
負けじと、声に出した。
「矢吹アイの事か?」
矢吹アイ?
アイ?
いと、の、事だろうか?
この人は、愛のことを知ってる……?
だったらきっと藍さんのことも知っているはず。
「違います、その、姉の、カナさんです」
「姉? あいつは弟だけのはず…。イトって名前だったか……」
「……え? え……、あの、愛の姉は、カナさんで……」
名前が違う?
名前……。
ううん、違う、読み方だ。
藍さんや、蛍のように、カナさんは〝この人側〟では名前の呼び方を変えてたんだ。
「──……そうか、本名は哀って言うのか」
懐かしむように呟いた彼は、「……あいつには悪い事をした」と立ち上がった。
悪いこと?
「……襲ったから、ですか?」
「お前は御堂に言われてきたのか?」
藍さんの名字を聞かれ、私は頷くことができなかった。もう、知られているはずなのに。
「カナさんは、あなたが……」
「俺と言えば俺だな。俺が命令した。御堂の人間は腐ってるからな」
「……」
「あなたは、藍さんに……どうして恨まれているんですか」
「……さあな、職業柄恨まれることは多い」
「……だ、ったら、藍さんは、何者か、教えてください……」
目を細めた男は、ゆっくりと私の方へと近づいてくる。近づかれたことに戸惑う私は、1歩と後ずさりそうになったけど。
必死に足を止めた。
仮にも刃物を持っている私への恐怖は全くないらしく。
「……お前をここに寄越したのは、歳が近いからだろうな」
「え……?」
「ここにいる女と」
ここにいる女……。
墓で眠る人。
私が歳が近い?
ああ、そうか、だから藍さんは、私を選んだのだ。自分自身の手は汚さず。
それなら確実にこうやって近づくことが出来て、殺害することができるから。
自分自身じゃできない事だから。
「──……あいつは御堂組だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ヤクザ、ってことですよね……? それ以外、知られちゃいけないこと、何か知ってますか?────カナさんは、それを知って藍さんに殺された。私はそれを知りたい……」
「さあな、人を殺してるところでも見たか……。つか、カナはヤクザってこと自体知らなかったんじゃなかったか?」
「え……?」
知らなかった? カナさんは?
知らなかった……?
知らなくて、藍さんを好きになった?
あ…………。と、〝それ〟が分かった時、私は絶望に満ちた。だって、そんな。それだったら。
私こそ藍さん相手に脅せるのでは?と。
藍さんが、藍さんだから……。
そもそも〝ヤクザ〟だから、愛は私を守ろうとした……。
帝国は、何も知らない。
誰も。
知っているのは、和さんと、愛だけ。
女の子を傷つけないと決めた帝国のトップが、女の子を傷つけ人を殺す……偽りばかりの男。
〝分かってた〟
〝分かってた〟
〝分かっていた〟……はずだった。
ただ愛を助けるために、藍さんから解放するために……。藍さんに従おうと……。
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