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「な、なにか、⋯ふくもの⋯」
動悸がする。
目眩がする。
足がガクガクと震えてくる。
目の前に、男がいる。
その事が、私に、あの事を思い出させ―――⋯
「⋯いい、別に。それ水だろ?」
息をのむ。
男特有の、低い声。
少しだけ、枯れた声⋯。
ああ、ダメだ、やっぱり無理だった。
震えが、止まらない。
助けて。
助けて。
誰か、助けて。
そう思っている時、「湖都!!」という、お母さんの声が聞こえ。
その声に安心して、泣きそうになるほどだった。
「あ、あの、うちの娘が何か?」
その人から私を隠すようにしてくれたお母さんは、その人に声をかける。
私はお母さんの背中でガクガクと震えていて。
「その子がぶつかってきたんスよ」
その人の言葉に、お母さんは「そ、そうでしたか。すみません⋯。服を汚しましたか? クリーニング代を⋯」と、私を庇ってくれて。
「いいっすよ、水みたいだし」
その人はそう言うと、私とお母さん横を通り過ぎ、持っていたグラスの中に水を入れる。
まるで何事も無かったかのように。
「蛍ほたる、どーしたー?」
その時、喫煙席の方から、若い男の人の声が聞こえ。その声にビクっと反応した私は、お母さんの服にしがみつく。
「別になんでも」
その人はそう言い返すと、喫煙席の方へと歩いていき。
「湖都、帰りましょう? 」
私はその言葉に頷くことしか出来ず。お母さんは注文した料理の代金だけを支払い、私を連れて店を出た。
ダメなのに。
心配かけちゃ、ダメなのに。
私の心は、こんなにも脆い。
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