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「あなたの、名前は?」
「俺? 俺は蛍。虫だし女っぽい名前だから覚えやすいだろ?」
蛍⋯。
確かに虫だけど。
女っぽいけど。
珍しい名前だから、覚えやすいだけど。
「な? その通りって思ったろ?」
冗談か冗談じゃない笑い方をして、私を笑わそうとしているのか。
目を細め、私に向かって笑いかけてくる男。
それに釣られて、まんまと思っていた事を言い当てられた私は、ふふふ⋯と、小さく笑った。
それを見た男は、ピタッと、笑うのをやめて。
いきなり顔を傾けてきて、マジマジと、私の顔を見てきて。
「つーか、俺、あんたのこと見たことあるような気がする」
「え?」
「もしかして、三ノ輪高校?」
三ノ輪⋯。
「だよな?つーか、昨日⋯三ノ輪の制服⋯だっけ?着てたよな?」
確かにその通りだった。
三ノ輪高校、私の通っている高校の名前で。
高校を言い当てられた私は、驚くというより、戸惑っていた。
「俺、その学校の前の車屋で働いてんの。多分、そん時に見たんだわ」
蛍は枯れた声で思い出しながら、私に言う。
学校の前。
車屋。
ある、確かにある。
学校前、道路を挟んだ斜め向かいにある車屋。
そこは確か、修理を専門としている雰囲気があったような気がする。
そこで働いてる人?
世間は狭いと、少しだけ、実感し。
「また会ったら、声かけてくれよ」
そう言った彼は、やっぱり笑っていて。
喉が枯れていた。
その後、会計が終わったお母さんが戻ってきて。蛍と喋っている私を見て、すごく驚いた顔をしていた。
それもそうだ。
男にレイプされた事をお母さんは知っているから。男がこの世で1番大っ嫌いな存在になった事を知っているから。
男がいると、私が震え上がることを、知っているから。
そのおかげで、私はまだカウンセリングから抜け出せないのだから。
立ち上がり軽く頭を下げた私に、蛍は枯れた声で「またな」と言う。
その返事が出来なかった私は、頭を軽く下げるだけだった。
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