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その先生はいつだって生徒たちに囲まれて、困ったように笑う人だった。
先生という職業は必ずしも生徒と仲良しこよしにならなければいけない訳ではない。
むしろほとんどの場合、先生はただ先生として生徒と接する人の方が多いだろう。
にも関わらず、その先生はどんな生徒とも仲良くなろうとしていた。
まるで、そうすることが義務であるかのように。
私は以前、その先生に聞いたことがあった。
どうして先生はあそこまで生徒と仲良くしているのか、と。
仕事であるはずなのに、まるで仕事とは思えないほど生徒と親しくするのは何故、と。
その先生はこう答えたのだ。
「子供を育てられるのは大人だけだからよ」
たったそれだけの、それ以上でもそれ以下でもない、単純明快な回答だった。
「子供が親の次に接する時間の多い大人ってどんな人か分かるかしら?」
「……」
先生は優しく微笑みながら続けた。
「そう、先生よ。あの子たちはね、若いうちの半分を学校という場所で過ごす。中には嫌々通っている子も多いでしょう。そんな子たちに私たちが仕事だからといって接するのはちょっと可哀想じゃないかしら?」
「……でも、それが我々ですから」
「そうね。間違ってはいないわ。でも、せっかくの彼らの青春を私たちの都合でつまらないものにしてしまうのは心苦しいじゃない?私にはそんなの出来ない」
「……」
「あの子たちの中にはね、不安や悩みを抱えながら、それを誰にも言えずに隠して生きている子も大勢いる。なりたくてなった教師ですもの。私はそんな子たちの支えになってあげたいの」
それにね、と先生は続ける。
「子供は勝手に育つなんて言われることもあるけれど、誰かが道を教えてあげなきゃ、子供は正しく成長していけないものなのよ。だから私は、先生として大人として子供たちと接するし仲良くもしてる。もちろん仕事だからというのもあるけれど、子供は大人を見て成長していくものだから。せめて私だけでもあの子たちの模範であろうとしているの。ろくな大人がいないと失望されてしまわないように」
そういう先生の顔はどこか寂しそうなものだった。
この話を教えてくれた時、彼女はちょうど教室の窓から校庭を眺めていた。
その横顔は今でも覚えている。
まるで大切な宝物を自慢する子供のようだったことを。
その時の先生の笑顔はきっと一生忘れないだろう。
私はそう思ったのだ。
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