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アラフォー女性が若い男性にいつもナンパされるというは、普通に考えてあり得ない。若い頃ならいざ知らず。だから、なんだか気味が悪くて、病院の前を歩くのは避けるようにしていたのだが、うっかり忘れて通ってしまった。
私は顔を歪めた。
「いいえ、違いますけど」
少し強い調子で言い返す。ナンパはきっぱり断らないといけない。
「あんた、アプリの女だろ。なんで嘘をつくんだよ。これ、お前の写真だろう」
男性が私の肩をつかむ。
「え? どういうことですか」
男性のスマホの画面を見ると、たしかに私の顔写真が映っていた。
何なんだろう。覚えがないんだけど。出会い系アプリなんて登録したことはない。
「俺のことをバカにしているのか。さんざんメッセージのやり取りして焦らしたくせに、何もったいぶってるんだよ。ヤらせろよ。ヤりたかったんだろ? このクソババ」
「そんなことないです。人違いです。私、アプリとかしてないですから」
逃げようとすると、男は追いかけてきた。右手にナイフのようなものを持っていた。ゾワッと背筋が寒くなった。
これってまずいよね? どうしてこうなるの?
「キャー、た、助けて!」
とりあえず声をあげたが、掠れてしまった。
「うるせえぞ」
男は私に向かって刃物を振りかざす。とっさに私は右手で男のナイフの刃を握った。
うわぁ、やっちゃった。痛い。
手から血がポタリポタリと落ち始める。
男は正気に戻ったようで、「ちがう。これは、これは、俺のせいじゃない」と言う。
やったのはお前だ。あー、痛い。どうしよう。
近くを歩いていた男性や女性が集まってきて、男を取り押さえてくれた。
ホッとして私は歩道に座り込んだ。足ががくがく震えている。ああ、手の血が止まらない。まずいな、ちゃんと治療してもらわないと主治医に怒られる。
流れる血をじっと見る。
新しい病院もオープンしてるし、きっと私の主治医もいるだろう。でも、今から夕飯の支度があるのに……。
「大丈夫ですか?」
女性が駆け付けてくれた。ごく普通の、化粧っけのない感じの中肉中背の女性だ。
「刺されてしまって……」
「大変。病院で手当てしましょうね」
あすなろ幼稚園の封筒とWordの使い方という本がカバンから飛び出して見えた。
「ありがとうございます」
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