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一
娘の恵茉が部活から帰ってきた。玄関を開けると外は小雨が降っていて、空気は冷えていた。思わず身震いする。ふとどこからか煙草の匂いがした。辺りを見回すと、誰もいない。縁石の端にまだ赤い火が少し残っている煙草の吸い殻があった。
誰が家の前に捨てたんだろう。歩きたばこ禁止なのに。
私は煙草を踏みつぶして、恵茉を家の中に入れた。
「おかえり。どうしたの? 何かあった? 単語テストで落第したとか?」
急いでタオルを渡すと、恵茉の様子がおかしい。冬で冷えたから顔色が悪いのか。どちらかというと、落ち込んでいるようにも見える。
「ちがう。単語テストは満点だった」
「よかったじゃない」
「そうなんだけど。うるさいなあ。彼氏と別れたんだよ」
恵茉はカバンから単語テストの用紙を見せつけた。
「おお、百点。がんばったね」
彼氏とは、恋愛初心者の恵茉には難易度の高い、棚田稜也のことである。恵茉は中学に入ってすぐに同じクラスの稜也に告白されて付き合った。
人生で初めての恋人ができてひと月。稜也くんの心変わりによりフラれた。そして中学二年生になって、稜也とクラスが別れた。ホッとしていたのだが、六月。「やっぱり恵茉が好き」と二度目の告白をされて、恵茉はもう一度付き合うことにした。
付き合うと言っても、デートらしいデートも一度もしたことがなかったようだけれど。
親としても、女としても、どう考えても、我が娘、恵茉が稜也くんの本命ではないことに気が付いていたが、恵茉は稜也くんを信じていた。
「理由は?」
聞くまでもないだろうが、一応確認する。
「他に好きな人ができたんだって。今、十二月だよ。半年しかたってなくて他に好きな人ができたって、まただよ。信じられない」
恵茉は大きくため息をついた。
自分が学生だった頃、同級生で二人の子を同時に好きになっちゃったと騒いでいる男子がいたことを思い出した。
そんな彼氏とは別れてよかったと思うけれど、やっぱりフラれるのはつらい。恵茉を慰めていたら、夕飯の買い出しが遅れてしまった。
「何か食べたいもの、ある?」
出かけにリビングのソファで寝転ぶ恵茉に声をかける。
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