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「ところで、若い男は嫌い?」
女性が笑ったように見えた。
「え?」
突然の質問に絶句する。
「それにしても、ちょっとひどいヤツだったわね」
女性は肩をすくめて、私に手を貸してくれた。震える膝を気合いで立たせる。
女性は周りの人に「病院の人を呼んで! それから警察も! 警察が来たら、そこの病院で手当てをしていると伝えて」と頼んだ。
「まあ、大変!」
看護師さんたちが慌ててやってきた。さすが病院の目の前である。
「後はこちらでやりますから」
「そうですか」
女性は私に貸してくれていた腕を外す。
「あの、あすなろ幼稚園の方ですか?」
「ええ。先生をしています」
「ありがとうございました。助かりました」
「当然です。想定外の緊急事態ですから」
女性はじっと私の顔を見ていた。なぜだろう。私も女性の顔を見つめ返す。
どんどん人が集まってきて賑やかになってきたのがわかる。パトカーのサイレンも近づいてきた。
女性は「では、また」と言って、立ち去った。
ただ買い物に行きたかっただけなのに。どうしてこんなことに? 大きなため息をつく。看護師さんに連れられて、病院の中へ案内された。
ケガは大したことがなかったようで幸いだった。包帯を巻かれ、警察にも事情を聴かれたが、手術したばかりだったこともあり、今日はすぐに家に帰してもらえることになった。
とんだ目に遭った。
とはいえ、腹をすかせた家族が待っている。もう夕飯は刺身にすればいいか。
急いで買い物を済ませ、右手を使わないように夕飯の支度をする。
怪我をしたことを沙耶と恵茉に連絡してあったので、沙耶が炊飯はしてくれていた。あとは簡単だ。汁物に出来合いのコロッケを副菜につけて、冷蔵庫に眠っていたたくあんを出した。
なんとか沙耶と恵茉の塾の時間前にご飯の準備をしてあげたい。マッハで行動していると玄関が開く音がした。
慌てて夕飯を作る手を止めて、一階の玄関に向かう。太一は煙草は吸わないのに、微かに煙草の空気が入ってきた。
「お帰り。きょうはすごく早かったね。ジムは行かなかったの? きょう、私、手を刺されちゃったんだよ」
「は? 刺された? 大丈夫か」
太一の青い顔がさらに青くなった。
珍しいこともある。まだ夜の七時だというのに太一が家に帰ってきたのだ。
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