64人が本棚に入れています
本棚に追加
「とりあえず、お茶の準備をしてって言われたから」
ヤカンに水を入れて、火にかける。
「ちょっとお湯見ていて? ママ、一階の様子見てくる」
胸騒ぎがした。何かが始まる予感。なんだろう、危ない気がする。手を差されて気が立っているせいか。
「わかった」
沙耶と恵茉は頷いておしゃべりを始めた。
廊下は冷えていた。電気をつけないまま一階の太一の部屋のドアの前に立つが、太一とお母さんの声はあまり聞こえてこない。
なんだ、徒労じゃないか。寒い廊下にいるのも馬鹿らしい。リビングへ戻ろうと踵を返すと、大きな声がした。
「俺、殺されるかもしれないだよ。もう時間がないんだ」
「たしかに危ないわ。どうしようかしら」
お義母さんの声がした。
殺される? まさか太一が? ええ?
「おもいっきり殴られた。怖かった。死ぬって思った。車の中で暴力を振るわれたんだよ」
「ちょっと、静かに。唯香さんに聞こえちゃうから」
お義母さんが宥める。
「すぐに弁護士の従兄に相談したわよ。親戚だから腕は確かだし、信頼できるわ。安心して」
「え! 従弟にバレたの? 弁護士はいいけど、あいつにバレたなんてやだなあ」
「何言っているの! 緊急事態じゃない。私だって嫌だったのよ。こんなこと頼むなんて。でも太一が襲われたっていうし、車に拉致されたっていうから、やむなく相談したのよ。太一、これからどうするの? 一人でどうやって解決するつもり? 早く唯香さんに言わないとダメよ。分かっている?」
「警察には連絡したよ。唯香には言えない。子どもたちにも言いたくない。言ったら大変なことになる」
太一の苛つく声が聞こえる。
「言えないようなことをするのが悪いのよ!」
お義母さんの怒声が聞こえた。
スマホを失くして眼鏡が歪んだのは、なぜ? 何があったの? 何を隠しているの?
私は眉間に皺を寄せる。
どうして一番最初に私に、私たちに相談してくれないの?
悲しくなった私は、ゆっくりと階段をのぼった。ショックだった。
「どうだった?」
沙耶がわたしの顔色を見る。
「なんか、殺されるとか言っていた」
「ええ!」
沙耶が目を丸くする。
「マジで?」
よほど驚いたのだろう。恵茉は口を開いたままだ。
「警察に言ったとか、弁護士を頼んだとかって。従兄の」
最初のコメントを投稿しよう!