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太一が大きな声で二階のリビングに向かって返事が来た。
忘れ物だろうか。太一が出たほうが早いのに。
「もう!」
仕方なくあわててワンピースを被り、玄関に出た。
きょうは銀座のデパートに行って、夜中に来たお義母さんへの礼の品を二つ買ってきてくれと太一から頼まれたのだ。おしゃれしようかなと着替えている最中だった。
「恵茉? 沙耶? 忘れ物でもした?」
玄関を開けると、恵茉でも沙耶でもない。背の高い中年男性が立っていた。
「あの?」
向こうもインターフォンで会話すると思っていたらしく、面食らっているようだ。ちゃんと服を着ていてよかったと思う。
「あ、私、棚田和樹と申します。朝早くからすいません。宮前太一さんとは知り合いでしてね、間違ってうちのポストに入っていいたので、ついでに持って来たんですよ」
「は、はあ。それはわざわざすいません。ありがとうございます」
宛名はたしかに太一宛てになっている。
太一はこの一週間くらいは在宅にすると言っていた。本当に在宅にするとは思わなかったけど。というか、一階の自分の部屋にいるんだけどなあ。本人を呼ぼうかな。
棚田さんね。棚田……。あれ、誰かに似ているような。誰だっけ。
カシミヤのコートに黒く光るビジネスシューズ。手首には金色に光る時計。おそらくロレックスなんじゃないかな。そんなゴージャスで洗練されたサラリーマンがご近所にいるの? この辺って隠れセレブとか住む街だっけ?
思わず考え込む。
「こちらの封筒をご主人にお渡しくださいますか?」
「はい。わかりました」
「あなたは奥様ですよね?」
棚田和樹は私をじっと見る。
棚田さんって、あれ、なんか見たことあるような。私も見つめ返したら、棚田和樹は目をすっと外した。
「ええ、そうですけれど。あの、棚田さんって、千葉県出身じゃないですか」
服は着ていたが、化粧はしてなかったことに気が付いた。うわ、太一の知り合いだったのか。すっぴんを晒してしまった。なんだか申し訳ない気持ちになる。私だって、化粧すればもう少しマシなんですよ。聞いてないか。
「そうですけれど」
棚田が不思議そうに顔を上げた。
「奥様、具合の方はいかがですか? すいません、間違って中を読んでしまって」
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