同じ種類なのに同族嫌悪するなんて

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同じ種類なのに同族嫌悪するなんて

「わたしを本当のママだなんて思う必要ないわ。あなたのママは天国に存在するんだから、わたしはニセモノ。義母と呼びなさい……間違ってもわたしのことをママや母なんて呼ばないこと」  小学生ながらに変わった義母だと思った。  通常というのか、家族というものはできるだけ仲良くするべきと考えるのが普通なのだろう。なのに、ぼくの義母はそういう大切なことをある意味で放棄していた。  とはいえ……ご飯はちゃんとつくってくれるし。授業参観などの学校の行事にもきっちりと参加してくれる。 「ほー、今の小学生はこんなに勉強しないといけないのね。外で遊べなくなるわけだ」  高校の教師をしていたことがあるらしく、ぼくに勉強を教えてくれた。家事とかも大変なはずなのにほとんど毎日だった気がする。  あまり言ってはいけないことかもしれないけれど義母はハイスペックな人間ではない……ぼくに勉強を教えている最中に時折、目を開けたままで眠っていたりした。 「眠いなら、ぼくの勉強を見なくても良いですよ」と言ったことがあったっけ。あの時、本物の義母は。  どうして、こんな時に本物の義母のことを思い出しているんだか。今更だが本物の義母というワードはなんとなく変な気がするな。  でも、そう表現する以外の言葉をまだ小学生のぼくには思いつきそうにない。  少なくともこれから起こることで確定しているのは。 「どうしたの? こんな遅い時間に……トイレ?」  ぼくの本物の義母と見た目がそっくりな生物であろう存在が口のまわりを人間の赤い血で汚していた。  エゴイズムにもほどがあるけど、食べられたのがパパじゃなくて良かった。知らない誰かで良かった。  そして、次にニセモノの義母に食べられてしまうのは走馬灯が見えてしまったぼくで良かった。  ぼくの義母がニセモノだと気づいたのは本当にささいな違和感だった。ほんの少し、本物の義母よりも温かい目をしていたからだった。  口調やぼくに接する態度も本物の義母よりもニセモノのほうが柔らかかった感じがした。  それらの冷たさをぼくは嫌だとは思っていなかった。むしろ……本物の義母はまだ小学生のぼくを一人の人間として対等に見てくれていたんだと思う。  まだ小学生なのに車に轢かれそうになった他人の子供を助けたママを失ってかわいそう。  本物の義母は義息子のぼくをそういう小さな存在なんだと思っていたのかもしれない。  そんな風に他人から、まだ小さなぼくがそう思われているのを許せなかったのかもしれない。  もう、それを確認する方法はないけれど。  もしも、ぼくがもう少しだけママを失ったことを素直に悲しめるような小学生だったなら本物の義母も優しくしてくれていたのかもしれないな。  次から次に一緒に暮らしている義母がニセモノであると確信できる証拠が山のように集まっても、ぼくはパパを頼れなかった。  警察や学校の先生に信じてもらえる自信はあったが、やっぱり頼ろうとは思えなかった。  本物の義母が小学生のぼくを一人の人間として対等に接してくれた弊害なのだろう。罪なことをしてくれた。  そのおかげで、パジャマ姿でぼくは人を食べるタイプの生物から逃げるはめになってしまった。息が苦しい。  足の長さやら体力、もうしばらくは逃げられるだろうが……時間の問題でニセモノの義母にぼくは食べられてしまう。  今更だが、ぼくは黙っていれば良かったんだよな。  おそらくは人間を効率良く食べるために、本物の義母に擬態しているんだからパパやぼくに手を出せば自分の首を絞めることになるんだし。  多分、幸せな家族ごっこをできていたはずだ。  なのに……ぼくはどうして、わざわざこんなことを?  本物の義母の無念を晴らすため?  いやー、義母とはそこまで仲良くなかった。  単純にヒーローになってみたかった?  だとしたら、あのニセモノの義母を倒すための手段を用意しているよな。  死にたかった?  ママや義母までも失って、小学生ながらに生きる気力がなくなった可能性もあるけれど……心底うんざりしたのだろう。 「ぼくはもう、一人で立って生きていける!」  ただただ証明したかったのかもしれない、まだ小学生という立場のぼくではあるが一人でも立派に生きることができると。  天国で暮らしているママと義母が心配しないように、ぼくもパパを守れるんだと証明するために。 「ニセモノのお前は存在しちゃいけないんだ!」 「そうね。あなたも、もうおやすみなさい」  犬の真似をしているのか四つん這いでニセモノの義母がこちらを追いかけてきた。よだれを垂らして、普通の人間では到底無理なレベルまで口を大きく開けている。  追いつかれる。やっぱり逃げられそうにない。  もしも、ぼくがバイクだったらこのコンクリートの上をもっとはやく移動することができるのに。  もしも……ここが高速道路でぼくが空前絶後にかっこいいスポーツカーだったのなら。 「いただきまーす!」  死の瞬間、というものはスローモーションになるとは聞いていたけれど自分以外でもそうなるんだな。  ききききききききききききぃ……と激しいブレーキ音もむなしく、ぼくの代わりにニセモノの義母が轢かれてくれた。 「ありがとう」  ぼくは笑顔で感謝の言葉を口にしていた。  ニセモノの義母とはいえ自分よりも小さな存在のために身をていすることなんてなかなかできることじゃないとぼくは思う。 「はい。すぐに救急車をお願いします……大丈夫かい、でもどうしてこんな時間にこんなところで。それにあの生き物は」 「助かりました。ありがとうございます」  法定速度を守っていたスピードだったが車に轢かれてかなりのダメージを負ったようで人食い生物は義母の姿を維持できなくなっていた。 「危険だから、いったん食べないつもりだったのに」 「義母をほとんど完璧にコピーしていたお前は……車に轢かれそうになる小さな子供のぼくを助けずにはいられなかったんだよ」 「わたしたちは、他人なのにか?」 「お前は人間じゃないだろうが、ニセモノめ」 「たしか……に」  義母のニセモノは動かなくなった。  なぜだか涙が溢れてくる……ママが死んだ時でさえも泣くことはできなかったのに止まらない。 「どうして、涙なんか」 「死んだら悲しいのは当然だ。君は正常だよ」  ぼくのことをなんにも知らないはずの運転手の男性が力強く抱きしめてくれていた。高級そうな彼のスーツに鼻水をくっつけてしまった。  義母がニセモノだったことを知ってもパパはなんにも言わなかった。ぼくを怒ることもなかった。  たった一言。 「パパの小学生の頃とそっくりだな」  とだけだった。  嫁さんはそのへんに転がっているわけじゃないはずだがパパはまた見つけてくるとも言っている。 「ちなみにだけど、パパは気づいてなかったの?」 「気づいていたよ。パパにとって目障りな人間を何人か食べてもらっていたからね」 「パパも笑えないジョークを言うんだ」 「ふむ、それじゃあ笑えるジョークを言ってみようか」 「無理しないで良いよ」  残りの朝食を口に入れて、ランドセルを背負い玄関の扉を開けてぼくは小学校に向かう。 「いってらっしゃい」 「いってきます」  ぼくの気のせいかもしれないが……確かパパは右利きだったはずなのに今日は左手で箸を使っていたな。  それにパパはぼくが小学生の男の子だったのに女の子になっていることに全く気づいていなかったな。
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