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B面
瑤子さん(本人)
10歳の時、事故に遭って私はお母様と四肢の自由を失った。
お母様の分までしっかり生きなきゃ!と頑張ったつもりだったけど私の命の炎は徐々に小さくなり、せっかく入学できた中学校のウェブ授業を受ける体力すら無くなってしまった。
お父様がアンドロイドの開発を得意とするベンチャー企業をM&Aしたのは偏に私の為だ。
ただ、私は家事支援用アンドロイドを看護、介護用に作り替えているものとばかり思っていたが、それは間違いだった。
14歳の誕生日も私は自力呼吸ができない状態で、酸素マスク越しにお願いしたのはたった一つ、乳母の響子ママについてだ。
「お願いします……どうか人を雇って大切な“響子ママ”の負担を少しでも軽くしてあげて……お父様が手掛けてらっしゃる介護アンドロイドは間に合いそうにないから……」
そうしたらお父様は目に涙を一杯溜めておっしゃった。
「私が作っているのはお前を介護する為のものじゃない!お前にもう一度自由を与える為の……『もう一人のお前』を作っているんだ!来年の誕生日にはきっと間に合わせるから!!頑張るんだ!!」
思えばこの時……私は疲れ果てて最も死に近づいていたのだろう。
でもお父様は『希望』と言う名のプレゼントをくれた。
そうして私は賽の河原に背を向ける事ができた。
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『WK-001 SN00003*』と初めて会ったのはそれから半年後の事。
『20歳になった時の私』を想定して作られたもう一人の私は、お母様に良く似ていて、私やお母様と同じ様に笑うとエクボができた。
私はもうたまらなくなって……
“私”にお願いしてベッドの上で抱いてもらった。
私のips細胞を可能な限り使って作られた生体部分を持つ“私”は確かにお母様の匂いがして……私はこの奇跡に涙しながら『“私”と共に生き抜いて行こう!』と固く固く決心した。
私と“私”がリンクして一つになる為には、かなり大掛かりな脳手術を受けなければならなかった。
「体調を鑑みると手術を受けるのは時期尚早」とお医者様には止められたが、私は最早1秒も無駄にしたくなく、頑として譲らなかった。
“私”の毛母細胞にまだ問題があってどうしてもくせっ毛になると言うので、“私”には当面、私の自毛を移植する事になり、私はさっさと丸坊主になった。
なんだか小坊主さんみたいで、「これはこれで可愛いなあ」と私は気に入ったが、お父様と響子ママが泣きそうな顔になってしまったので
「こんな事!なんの問題も無いわ! どうしてもサラサラヘアで手術跡を隠せと言うのなら早く毛母細胞を完成させて!そうしたら“私”から髪を返してもらうから」とケラケラ笑ってみせた。
手術までの数週間は朝から晩まで毎日“私”と一緒で……お父様や響子ママにも話せない様な隠し事や恥ずかしい事まで、洗いざらい“私”に話した。
それは、私と“私”が一つになる為だけではなく、手術が失敗したり、私の命が早々に潰えてしまった時の遺書の様なものだった。
でも一日が終わり、“私”におやすみを言う前には動かない私の手を握って貰って「必ず一つになろう」と誓い合った。
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お父様は“私”に“営み機能”を付与しなかった。
「“パートナーアンドロイド”ではないのだからパテント料の高い“営み機能”を付与する必要もないだろう」とおっしゃったお父様の“本当のお気持ち”は私には理解できたし、私も私自身の根源的理由……『15歳を前にしてまだ“女性”になっていない私が“私”に“営み機能”を望むなぞおこがましい』と言う事で、それを望まなかった。
手術が無事成功し、初めて“リンク動作”を行った時、私はベッドの上で横たわっている私とベッド脇に立っている“私”を同時に見た。
意識はひとつでありふたつにもなれる……なんだか不思議でとても素敵な気持ちだ!!
私の心に羽が生えて、ただ一歩ずつ歩いているだけなのにまるで空を飛んでいるかの様に思えた。
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実際に“私”として日常を過ごせる為の数か月の訓練の後、私は15歳の誕生日を迎えた。
お父様は私に“私”を使って学校へ行ってもらいたかったようだが……
「だったら“中学生”の“私”を作れば良かったじゃない!」と言い負かして『ハウスキーパーのお仕事がしたい!』と言う私の意志を通した。
いつ死ぬか分からない私だから……天国でお母様に逢った時、「私も人の為になる事ができたよ!」と胸を張って言いたかったから。
またまたお父様や響子ママを困らせてしまったが、私は、ロードテストの応募者の方々の中で一番掃除のし甲斐がありそうな“むくつけき独身男” 金井康博さんに白羽の矢を立てた。
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ところが実際に金井さんのお家にお邪魔してみると、彼は私が拍子抜けするくらい“紳士”で……ご自身が率先してお掃除はするし、いついかなる時も私をフォローし見守ってくれた。
「ああ!きっと!!恋人同士ってこんな感じなんだろうなあ……」って思わず夢見てしまう。
そりゃ!“私”はお母様と似ているから“美人寄り”だとは思うけど……“パートナーアンドロイド”のカタログに出て来る様な“見事な”美女ではない。
「金井さんが“私”を気遣ってくれるのは“私”が高額なアンドロイドだからだ!当たり前の事!」
私に戻って明りを消したお部屋の天井を見つめて自分に言い聞かせていると涙が溢れて来て……だいぶ伸びて来た髪と枕を濡らした。
でも、奇跡は起こった!!
満開の桜の樹の下で康博さんが「瑤子の事が好きだ!」って告白してくれて、私のくちびるにカレのくちびるが触れた時、私の全ては桜色に染まった。
その日の夜から“私”は康博さんの隣にお布団を敷いて寝て……
私は大好きな人の息遣いを感じながらベッドの中で眠りについた。
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ハイブリッド型アンドロイドの“私”は普通の女性よりは少し……いや、かなり重い。きっと康博さんより……
それが恥ずかしくて『私、絶対!康博さんより重いから!!』と耳打ちしたら抱き上げられて唇を奪われた。
康博さんの僅かに伸びたお髭が“私”の顔に触れた時の『シャリ!チクッ!』とした微かな痛みに私は“男の人”を鮮烈に感じ、夢中でカレを飲み干そうとした。
私の中に血が通って“種”が芽吹いた。
それから程なくして……
私は“女性”になった。
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私の脳に埋め込まれた“アクセス機能“は一般の設備や家電にも有効で……脳内でパターンを解析してしまえば照明やシャッターの開け閉めはおろか、パソコンの操作すら可能になった。
寝たままの私は勿論の事、家事をやってる“私”もお掃除しながら洗濯機と炊飯器と電子レンジを同時に動かす事ができる様になった(たまに複数を動かし過ぎてマンションのブレーカーを落としてしまうドジをやらかしてしまったが……)
そうやって浮いた時間で“私”にしかできない事……絵を描いたり、康博さんの為に編み物やパッチワークを始めた。
月日の経つのは本当に早くて……“私”の描いた絵が部屋のあちこちに飾られ康博さんの為のセーターやマフラーや手袋やクッションのストックが充分にできた頃、“契約の最後の冬”を迎えた。
もうすぐ二十歳の私は……年相応とまでは言えないかもしれないけど……5年前と比べると見違えるほど女らしく、健康になった。
これもすべて……康博さんが絶え間なく私に振り向けてくれた愛のお陰だ。
「これは単に瑤子個人の幸福だけではなく、瑤子の様に動く事のできない方々の希望となる」というお父様のお言葉に大きな勇気を貰えた。
お父様の「5年の契約を終えても“瑤子”を傍に置いてもらえる様、康博くんにお願いするよ」との言葉に私は頭を振った。
「その“プレゼント”ではダメなの! カレの人生はカレの物だから!! カレが自分自身の考えで、改めて私を選んでくれるのなら……その時、私は……私の願い事をお父様に言うわ!」
二十歳の私の願い事は……今の私の切なる願い!!
それは康博さんを抱き、抱かれる事!!
一昨年、当時18歳だった私は見てしまった。
その日は、いつも通り康博さんと寝て、カレが寝入ったのを見計らって私は“私”をスリープし、ベッドの中の私に戻った。
真夜中になってどうしてもおトイレに行きたくなり、やむなく響子ママを起こそうと頭の中で“ナースコール”を押そうとして、誤って“私”を起動させてしまった。
真っ暗なマンションの中、テレビの置いてあるリビングから妙な物音がするので、私はリビングに備え付けて置いたカメラにアクセスしたら……
康博さんがテレビを観ながら独りでしていた。
私はおトイレの事などすっ飛んで、ベッドの中で泣きじゃくった。
可哀想な康博さん!!
何とかしてあげたいけど家事支援アンドロイドが“営み機能”に抵触する行為を行う事は重大な規約違反となる!!
ひょっとしたら、康博さんは“私”の至らない部分を“外”で解消しているのでは?……
考えたけで私の胸は張り裂け、生身のくせに“木偶人形”な私自身を恨めしく恨めしく思った。
だから私は10代最後の夜に
お布団の中で、カレが“私”にしてくれる予定の誕生日のお祝いプランの素敵なお話を聞きながら“私”を通じ熱いキスを交わした後、自らの意志で“私”の意志機能を停止させた。
必ずこの“眠り姫”をカレのキスで起こしてくれると信じて……
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康博さんからの誕生日プレゼントはカレの名前の入った婚姻届。お父様からの誕生日プレゼントは“営み機能”
無事結婚した私とカレは……“私”を交えて初夜を迎え、私達は永遠の愛を誓い合った。
それから毎晩、カレのお髭を胸に感じて……
私はカレの子供を身籠った。
今の私の周りにはたくさんの人々が居てくれる。
私の「自分の子供を産むのと取り上げるのを両方とも体験したい」というとんでもないお願いの為にプロジェクトが組まれ、みなみさん、紬ちゃん、凛さんの三人がご自分のお産に私を立ち会わせてくれた。
今の私は(とてもなれはしないが)助産師になる勢いで猛勉強している。
そして一日数時間、“私”をAIモードで起動して、後で記憶の融合を行う訓練も怠らない。
すべてはとても贅沢でとても幸せな願いの為!
そんな私を康博さんと響子ママとお父様はいつもサポートしてくれている。
おしまい
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