A面

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イラストはこの物語のヒロインの瑤子さん(アバター)です。 660cadca-942f-4d2d-9016-ce27e0aea7ec  目が覚めて、いつもの様にキスしたけど瑤子(ようこ)は微動だにしない。  またふざけているのかと思って、温かな柔肌にかなりヤバめな擽り(くすぐり)を仕掛けたが反応がない……  ここでオレは初めて青くなり布団から飛び起きた。  少女の様な体形の瑤子だけど、オレは気合を入れて抱き上げ台所横の“充電ユニット”にそっと座らせる。  しかし、充電ユニットはフルのグリーンランプで、モニターには『調整・検索中』の表示。  瑤子と初めて“深いキス”をした時の事が頭を過る。  あの時、瑤子は…… 『私、絶対!康博(やすひろ)さんより重いから!!』と顔を赤らめ俯いた。  そんな瑤子が愛おしくてオレは瑤子を抱き上げ、深い深いキスをした。  ハイブリット型独立AIアンドロイド『ユニットWK-001』  ヒトと同じ様に体温と感情を持ち、味覚も嗅覚も触覚もある家事支援アンドロイド。  パートナーアンドロイドとの違いは“営み機能”が無い事くらい……それが瑤子だ。  “本体価格”や“維持費用”が高額な家事支援アンドロイドのユーザーは富裕層の独居老人だ。  一方、“営み機能”が付与されたパートナーアンドロイドのターゲットは、実はオレの様な孤独な独身者ではなく富裕層の男女(だんじょ)で……その容姿は“男性型”“女性型”とも高級車のそれと同じく見目麗しい。  富裕層のヤツらにとっては子供が出来たり感染したりするリスクの無いアンドロイドを何体も所有している事がステイタスの証となる。  オレはごく普通(ひょっとしたらそれ以下かもしれないが)のサラリーマンだから本来は家事支援アンドロイドを持てる身分ではない。  そのオレがこうして瑤子と一緒に居られるのは……5年前に『ユニットWK-001』のロードテストに応募したからだ。  当時のオレは今よりずっとだらしなくて……お弁当のガラやビールの空き缶が転がっている床に酔っ払いながら寝そべってスマホを“ポチ”して応募した。  でも、瑤子が来てくれて……部屋も変わったしオレも変わった。  独立AIなので“戸惑い”を瞬時には解決しないけど……オレの行動にビックリしたり、時には考え考え家事をしたりするその仕草がとても可愛らしくて、オレはどんどん“カノジョ”に惹かれて行った。  そして、その年の……桜が満開になった日曜日の午後。  公園にお花見に出掛けて、桜の樹の下で瑤子に愛を告白し、二人は初めてくちびるを重ねた。  そしてその夜から、瑤子は台所横では無くオレの横に布団を敷く様になった。  ピコン!とアラームが鳴り、オレは我に返る。  モニターに映し出された文字は…… 『ユニットWK-001 SN00003*は試用期間が終了いたしました。 問題が無ければ24時間以内に回収いたします』 「問題大ありだ!!」  オレはモニターに怒鳴り、まんじりともしないで出社時刻を待ち、会社に有休依頼の電話を掛けた。 ≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁  “回収車”に同行して連れて来られたのはタサキコーポレーションの研究所だった。  出迎えてくれた人の名刺に『CEO 田崎智也』と書かれていてオレは少なからず驚いた。  でも、命以外のすべて……必要であれば死後の献体も辞さない覚悟のオレだ!!  直談判の相手としてはうってつけだ!! 「教えてください!! どうすれば瑤子と離れないで居られますか? ロードテストの契約時に必要事項は記入しましたから私の事は隅から隅までお見通しでしょう。私の総てを注ぎ込んでも足りなければ、いったい何をすればいいですか??」 「どうしてあなたはそうもWK-001 SN00003*にこだわるのですか? ただの家事支援アンドロイドですよ! “恋人”として所有するならこんな“普通の子”じゃなく、他社の見目麗しいパートナーアンドロイドにすべきです」 「私が愛しているのは瑤子です!! SN00003*なんて名前じゃありません!!」  思わず怒鳴ってしまっただけでなく、オレは年甲斐なく涙も流していた。  今のオレは愛してやまない妻を突然死で亡くしてしまったのと同じだ!!  こんなに辛く苦しい事が他にあろうか??!!  地獄の閻魔大王と取引できるのならそれすら厭わない!!  そう、オレは瑤子と逢えないなら死んだ方がマシだと思っている!!  瑤子がオレとの記憶を消されて、“ユニット”として出荷されるなんて絶対我慢できない!!! 「あなたのお気持ちは良く分かります。私も……10年前に最愛の妻を事故で亡くしましたから。その時の事を思い出すと……涙が止まらなくなります。私が今の会社を立ち上げたのもそれがきっかけです」 「瑤子と亡くなった奥様は、何か関係があるのですか?!」 「そうとも言えます。あなたを瑤子のところへご案内しましょう」  地下深く降りてゆくエレベーターの中で田崎氏は語ってくれた。 「妻と事故に遭った私の娘は脊髄を大きく損傷し四肢を動かすことが出来なくなりました。10歳の誕生日を迎えたばかりの時です。でもこの5年間はとても楽しく過ごす事が出来たのです。アバター機能を付与した特別仕様のSN00003*を通じて……」  エレベーターの着いた先にはスクラブを纏った優しい笑顔の女性が待っていた。 「この方は大橋響子さん。元看護士で娘の乳母。生まれてからずっと娘の面倒を見てもらっています」  大橋さんはオレに一礼して向うのベッドを差した。 「お嬢様はあちらです」 「どうか娘に会ってあげてください」  二人の言葉に促され、オレはベッドに歩み寄った。  そしてベッドの中に“瑤子”を見た!! 「びっくりした?」  それは確かに瑤子の声で……  少し無理して微笑むその顔には“瑤子”と同じ様にエクボができた。 「瑤子!!」  オレは涙でグシャグシャになりながらベッドの少女を抱きしめた。  いつも抱きしめているSN00003*と違うのはただ一つ!!  瑤子は羽の様に軽かった。  今、腕の中に息づくこの命が永遠に居てくれる事を……オレはただただ祈っていた。  p.s.  お互いの涙混じりの熱いキスを何度も交わした後、オレは研究所内のコンビニで結婚情報誌を買い、付録の可愛らしい婚姻届けにその場で自分の名前を書いた。  その、証人の欄は『田崎智也』『大橋響子』  婚姻届けは滞りなく受理され、研究所近くの小さな教会で身内だけの結婚式を挙げた。  “結婚退職”したオレは、今はタサキコーポレーションの研究所で働いている。  身重の瑤子は“穴倉”から出て、研究所の中で一番陽射しが柔らかな庭園脇の家でオレの帰りを待っている。  響子さんとアバターと一緒に……
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