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ナツキは、A4ファイルが入るくらいのサイズの鞄から一枚の写真を取り出した。
「この人なんだけどね」
見せてもらうと、痩せこけた四十代くらいの男性が映っていた。
「仕事しすぎちゃって、先月末にその……とても言いづらいんだけど、過労死してしまったの。魂の状態がボロボロのせいで、天国に昇れずにいるの」
「……」
「このまま地上にとどまってしまったら、じきに悪霊になってしまうわ」
「ほう」
「無理矢理祓うわけにもいかないし……」
「……お願いっていうのは、俺にこの男性の治療を頼みたいってことか?」
「話が早いわね!」
ナツキはアイスティーを口に運んだ。ごくごくと、まるで酒を煽るように飲み干す。よほど喉が渇いていたにちがいない。
「ぷはーっ! 美味しいわ。このアイスティー!!」
「それはなにより」
「いけない、話そらしちゃった……。そこで、私、あの人は魂の状態が正常になれば、自然と天国に行けると思うのよね」
「……なるほど」
ユウは紅茶をすすった。
「……それで、アレはどうだったんだ?」
「アレ? あぁ、生前大切にしていたものだっけ……。たしか魂の治療に使うのよね?」
「そうだ。故人が生前大切にしていたものからエネルギーを借りて治療をする。幽霊を治すには必須だと毎度口が酸っぱくなるくらい言っているだろう」
ナツキは、下を向いた。ユウは小さくため息を吐く。
「……やっぱり今回も、無いんだな?」
「いや……。あるといえば、あるんだけど」
どういう意味だ? とナツキの目を見た。
「枯れちゃったのよ……」
「枯れた? 大切にしていたものは、植物なのか?」
「そう」
「何の植物なんだ?」
「故人が大切に育てていたミニひまわりよ」
「そうか……。それしか大切にしていたものはないのか?」
「そうみたい」
「……そうなると、俺の専門外だ」
祈祷師にでも相談してくれ、とユウは席を立った。伝票は置いていくつもりだった。
ユウがいよいよ帰ろうとしたとき、ナツキは仕方ないといった様子でこう言った。
「……今月、厳しいんでしょ? 普通のお医者さんと比べて依頼数も少ないんだから」
ユウはその言葉を聞いて、ピタリと足を止めた。
生者を診る医者と違い、ユウのような幽霊の医者は基本的に薄給だった。
霊媒師の下請けのようなポジションなので、よほどのことがない限り給料は上がらない。
そのため生活費を稼ぐのがやっとだ。
知名度もそこまで高くない。
「今月、厳しい」という言葉が、ユウの頭をグルグル回り始める。右肩からずり落ちた鞄の持ち手を元の位置に戻して、ナツキと目を合わせた。
彼女は毎度、前金でかなりの金額を渡してくれる。今回は幾らもらえるのだろうか……。
「……家賃三か月分で手を打とう」
「よっしゃ、やったね!」
こうしてユウは仕事を引き受けてしまったのだった。
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