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私は、首を横に振った。想像も出来ない。堕天使と言うからには、悪魔に近い存在だろうか。
「諸説あるようだけど……アダムとイヴを人間界に追いやった後、神様は何人かの天使を地上に送り『人間の世界に正義を齎すように』と命じたのですって。彼らは、神の意志を遂げようと懸命に務めたそうよ。けれど最後には、欲望に抗えず、禁じられた知識を人に与えてしまうの。……人間に、恋をしてしまったから」
恋から生まれた罪。私は、素敵な話だと思った。種族を越えて人を愛した天使達。それはとても自然で、尊いことのように思えた。
「私ね、バツイチなの」
「……へ?」
「不思議でしょう? こんなに良い女なのに、大切にしない男がいるなんて。結婚したら幸せになれるって信じていたのに……実際はぶつかることばかり。幸い、今の主人は私も子供も大切にしてくれているけど、心は揺れてばかりだわ」
紗雪さんは、冗談めかしながら笑う。とても可愛らしい笑顔だったけど――感謝と申し訳なさと、後悔と覚悟と、そんな色んな感情が綯い交ぜになった笑顔に見えた。
「汚れるのなんて、当たり前よ。道は平坦ではないもの。あなたが恋した彼らもまた、それぞれの課題を抱えていたのよ。『幼さ』、『プライド』、『孤独』。あなたの愛情は、きっと彼らの時間を救っていたわ――そう、それこそ、まるで神から遣わされた天使みたいに」
紗雪さんは、指先でカードを一枚弾く。
そこには、水の流れを見つめる、綺麗な天使の絵が描かれていた。
「……そうでしょうか?」
「そうよ! ……でも、自分のことも考えないと。私の子ね、女の子なの。人間を育てるって不思議よ。ついこの前まで、お腹が空いても泣くことしか出来なかったのに……いっちょ前に好きな人がいるんですって」
紗雪さんは、愛おしそうに笑った。
娘さんへの愛情が伝わってくるようだった。
「片や私は、娘が成長するごとに確実に年を取っていくの。きっと緩やかに、出来ないことも増えていくわ。……人の一生って、切ないわね。切ないくらい、短いわ」
言葉とは裏腹に、彼女は満足げな表情をしていた。
私は、どうだろう。切ないくらい短い人生で、何を成し遂げたいんだろう。
「終着点なんて、きっとないのよ。今、何を選択するか。ただそれだけ……後悔しないように」
紗雪さんは、綺麗な爪先でまたカードを指し示す。車輪のような絵があった。
「出たカードは『運命の輪』。あなたが何をしようと訪れる変化。あなたは、誰の手を掴むのかしら? ……楽しみね」
その後は、二人で楽しく談笑した。その内に、紗雪さんの電話が鳴り、私はお礼を告げて席を立った。――またいつか会いましょうと、約束だけ交わして。
外は、入る前と変わらなかった。
でも心は軽く、思考はクリアだった。
携帯電話を開くと、占いの結果が画面に残っていた。
結果は、"太陽″。"あなたは、彼にとって太陽のような人″と。
少し、救われた気がした。
出会えたこと、今この瞬間、自分自身。その全てを、大切にしたい。その為にも、ほんの少し自分を好きになってみようか。
そして、大切にして貰える場所を選ぼう。これまでが決して間違っていなかったと思えるように――それだけできっと、全ての軌跡がきらきらと輝く奇跡に変わる。
頭上ではスカイツリーが輝く。私は冷たい空気を吸い込んで、心の中で叫んだ。
おーい、私はここにいるよ!
――この時、私は夢にも思っていなかった。この後まさか本当に、私の人生にあんなにも、運命的な出来事が訪れるなんて……。
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