1・クリスマスイブの夜

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1・クリスマスイブの夜

 冬の夜は、とても早く訪れる。時刻は夕方。街はすっかり夜の雰囲気。冷たい風が頬を撫で、私は思わず首を引っ込める。世間は今日、クリスマスイブ。イルミネーションに光が灯る。    私は、小さな手提げ鞄と大きな紙袋を持って街中(まちなか)を歩く。今は、とても機嫌が良い。お酒が少し入っているからかもしれない。それか、コートの中も髪型も、精一杯のお洒落をしているからかもしれない。かじかむ両手を口元で温めながらも、頬は緩み、足取りは軽かった。    今日は、兄の結婚式だった。    とても、素敵な式だった。最後は思わず涙してしまうくらいに良い式だった。一緒に参列していた母は、久しぶりに東京に出て来た叔母とスカイツリーに向かった。今頃、高い空からこちらを見下ろしているのかもしれない。そう思うと、すこし可笑しい。おーい、私はここにいるよ。高い高い空に手を振りたくなり、思わず空を見上げる。    吐く息が白い。冷たい空気が目に沁みる。今日はとても楽しい日だった。だから、ああ、思い出すつもりなんてなかったのに。折角したお洒落を、あの人にも見て欲しかったなんて――そんな事を考えるとちくりと胸が痛む。  鞄から携帯電話を取りだし、中を見る。メールが一通。開いてみると、先日面接を受けた会社からのものだった。 『残念ながら、貴殿の採用を見送らせて頂きたく……――』  形ばかりの――でも、自分には決して思いつかない、丁寧な言葉。こんな言葉が咄嗟に出てくる人なら、諸手を挙げて歓迎されたのだろうか。  結果は何となくわかっていた。でも、期待する気持ちも捨てきれなくて。どうしても胸が痛い。  私は足を止め、また空を仰いだ。  さっきまでの幸せな気持ちと、たくさんの努力が実らなかったという張り詰めた気持ちが混ざり合って瞳を熱くする。鼻の奥がツンと痛くなる。  ――どうして、私ってこうなんだろう。  ふと、視線の先に金色に光る何かが見えた。 「……喫茶店?」  まるで異国の小さな雑貨屋さんのような。  そんな雰囲気のお店の店先に、飾られた小さな天使。冷たい風に吹かれ、クルクルと回っている。  私は寒さから逃れたくて、誘われるようにその扉を開けた。
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