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故郷から汽車を乗り継いで二日。駅には馬車の迎えが来ていた。そこから既に数時間悪路を揺られているけれど、一向に着く気配はない。
山の麓で小さな村を通り過ぎた。周囲を鬱蒼とした森に囲まれて、僅かに切り拓かれた平地に質素な家々が身を寄せ合うようにして佇んでいた。そのまま通り過ぎてしまったので細かく見ることは叶わなかったが、古い教会と井戸のある広場があるようだった。
さらにいくらか山道を揺られ、ハヴェルが頬杖をついて居眠りを始めた頃、とうとう馬車が止まった。ハッと目を覚ますと、御者が降りてきてステップを降ろす。
「着きましたぜ、坊ちゃん」
慣れない呼ばれ方にぎこちなく返事をし、ハヴェルは弟を起こしに掛かった。アレシュは眠ったことで体調が回復したらしく、先ほどよりいくらかマシな顔色で目を擦っている。
「行くよ、アレシュ」
ハヴェルは弟に手を貸しながら馬車を降りた。
屋敷が目の前に聳え立っていた。建築には詳しくないが、一目で歴史的価値があるものだと理解できる。
それは屋敷というよりも、城だった。両翼を備えた母屋にはいくつもの煙突が尖塔のように突き出し、西棟の端には円柱状の塔が融合している。雪の多い地域なのだろう、黒い屋根には傾斜がついている。建物のすぐ裏は山だ。日没が近いためか、この地域特有の気候や植生のためなのか、鋭利な輪郭を見せる山々は黒く塗り潰されていた。
玄関から男がひとり現れた。服装からして使用人のようだ。背中が曲がっており、なぜか目には布を巻いている。
男は御者と言葉を交わし、兄弟をここまで運んできた報酬を差し出した。その手は御者が受け取ろうと差し伸べた掌からズレてしまっていたので、おそらく男は目が見えていない。
「そんじゃ」
御者は素っ気ない挨拶を残して去っていった。
男が兄弟を振り返る。男の目隠しや大きな鷲鼻が怖かったようで、アレシュはハヴェルの足に隠れるようにしがみ付いていた。
「長旅お疲れ様でございました。ハヴェル坊ちゃん、アレシュ坊ちゃん。わたくしはベンノと申します。こちらで皆様のお世話をさせていただいております」
見た目に反してベンノの物腰は柔らかく、そのことでハヴェルは僅かに安堵した。片手にトランクを提げ、もう片手でアレシュの背を押しながらベンノの後に続く。決して裕福というわけではなかったため、兄弟の引っ越し荷物はほとんどなかった。
ポーチを上り、玄関を潜る。重厚な扉の向こうはひんやりと肌寒く、古い屋敷特有の埃臭さが鼻に突いた。空気はどこか張り詰めており、ハヴェルはアレシュが小さく慄くのを感じた。
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