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ベンノは二人を居間に案内した。
居間は広く、そして煌びやかだった。年代物の重厚な調度品が設えられ、足元にはしっかりと厚みのあるカーペットが敷かれている。蔦模様の壁紙に、重厚なカーテン。高い天井には豪奢なシャンデリア。質素な長屋に暮らしていた兄弟にとって、初めて見る貴族の屋敷は、まるで別世界のようだった。
まだ十月だというのに、暖炉には火が入っていた。その明かりを背に佇む人影がある。
「やあ。待っていたよ」
ベルクホルト卿は両手を広げて歓迎を示した。
恩人の息子とはいえ、見ず知らずの子供たちを引き取るとはどんな人物だろうと身構えていた。余程の物好きか、いかがわしいことを企む狂人の可能性だってある。だが、ベルクホルト卿の第一印象は、予想とまったく違うものだった。
よく通る低い声。落ち着いており、耳に心地よい。その声を聞くだけで、彼が信頼に足る人物だと確信させた。極端なほどに色が白いが、それがかえって端正な顔立ちを際立たせている。ペンで引かれたような細い眉に、鋭利なほどに吊り上がった目。薄い唇から笑みが絶えることはなく、佇まいには高貴さが表れていた。
「初めまして」
卿の姿に見惚れていたハヴェルは、慌てて弟を連れて進み出た。
「ハヴェルといいます。こっちは弟のアレシュです。俺たちを引き取ってくださりありがとうございます」
ベルクホルト卿は快くハヴェルの握手に応じてくれた。神経質そうな細い手をしていたが、見た目に反して力強かった。
「どうぞ、気楽にして。これから私たちは家族なんだからね」
「ありがとうございます。ほら、アレシュ――」
「は、初めまして」
ハヴェルに促されて、アレシュも卿に挨拶する。早速人見知りをしてしまったのか、せっかくベルクホルト卿が膝をついてくれたというのに、アレシュは兄の後ろに隠れてしまった。
「お父さんに似て誠実そうな、いい顔をしているね」
ベルクホルト卿の言葉に、ハヴェルは訊ねた。
「あの、あなたは父の知り合いだとか」
人づてに聞いた話なので、直接確かめてみたかった。
ベルクホルト卿は熱心に頷きを返した。
「そうだよ。旅先で命を救ってもらったことがある」
「父に? どんな風にですか?」
「恥ずかしい話だが、長旅の途中で食料が尽きてしまってね。お父さんに分けてもらったのだ。おかげで飢え死にしないで済んだよ」
「そうだったんですか」
卿の言う通り、ヴィルフリートは誠実な男だった。人助けを惜しまない性格だったので、その人柄を買って取引を受けてくれた人も多いと聞く。
「幸い私には君たちを迎えるだけの余裕がある。こうして恩返しができて嬉しいよ。たった二人で暮らすには、この屋敷は広すぎるのでね」
ベルクホルト卿はそう言って、廊下の方へ歩いて行った。
「二人?」
「娘がいるんだ。紹介しよう」
卿は廊下に向かって「リリザ」と声を掛けた。間もなくパタパタという可愛らしい足音がして、小さな女の子が顔を覗かせる。
「リリザ、ご挨拶を」
少女はドレスの裾を摘まみ上げ、礼儀正しく膝を折った。
まさしく絵に描いたような、それはそれは美しい少女だった。顔立ちはベルクホルト卿に似て整っており、赤みを帯びた紅茶色の瞳に思わず目が吸い寄せられてしまう。髪の色は母親から受け継いだものだろう。卿とは違い、金の髪をしている。前髪を後ろで纏めてリボンで留めているおかげで、滑らかな額が露わになっていた。
「口数は少ないが、いい子でね。ぜひ遊び相手になってやってくれ」
リリザとアレシュは歳が近いように見えた。アレシュは同じ年頃の子供がいたことに驚きつつも、ほんの少しだけ緊張を解いたようだった。
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