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「それでは、君たちの部屋に案内しよう。もっとお喋りを楽しみたいところだが、時間ならこれからいくらでもあるのだからね。まずは旅の疲れを癒すといい」
まるでその言葉を聞いていたかのように、使用人のベンノが姿を見せる。兄弟は卿とリリザに会釈をすると、ベンノについて居間を出て行った。
広い屋敷だった。
東棟に用意された部屋に向かって、長い廊下を歩き続ける。廊下の窓は天井に届くほど大きく、しかし厚いカーテンによって陽光が遮られていた。かわりにテーブルランプが数多く設置されていて、扉と交互になるよう並んでいた。窓側には彫像が飾られている。見事な作品ばかりだが、大理石の眼球がこちらを追っているような気がして、前を通るのは不気味に感じられた。
兄弟の部屋は別々に用意されていたが、アレシュが不安そうにズボンの裾を握るので、ハヴェルは同室にしてほしいと願い出た。これまで家族で同じ部屋に寝ていたので、突然見知らぬ屋敷でひとり部屋というのが怖いのだろう。
ベンノはあっさりと了承した。
「では、ベッドが二つあるお部屋に変えましょう。後ほど旦那様に許可を取って参りますので、それまではこちらでお休みください」
ベンノが部屋を出て行くと、ハヴェルは早速ベッドに飛び込んだ。大きなベッドだ。二人で寝てもまだ余りある。ましてや天蓋付きなんて初めてだったので、アレシュはひどく戸惑っている。
「長旅だったな」
ハヴェルは寝転んだまま弟に向かって呼び掛けた。
「疲れただろ? こっち来いよ、アレシュ。ふかふかだぜ」
「あ、うん……」
アレシュが恐る恐るベッドに近づいて来たので、ハヴェルは弟の腰を抱きかかえてベッドの上に転がした。途端に無邪気な笑い声が漏れる。
二人は思う存分ベッドカバーの海を泳いだ。知識のない二人にも、この織物のカバーが高価なものだということだけはわかる。ここではあらゆるものが豪華で派手で高級で、これまでの生活では見たことのないものばかりだ。屋敷の中を歩いていると、まるで宝箱の中に閉じ込められたような気分になる。
「本当にここに住むの?」
ベッドの上の天蓋を見上げ、アレシュがぽつりと訊ねた。その声には興奮よりも不安が勝っている。
「そうだよ。今日からここが俺たちの家だ」
ハヴェルは寝返りを打ち、弟の頭を撫でた。
「やっていけそうか?」
アレシュも兄の方へ寝返りを打った。大人しく撫でられるがままに目を伏せる。
「……わかんない」
「そうだよな」
アレシュは気の大きい方ではない。人見知りをするし、同じ年頃の子と比べても臆病なところがあった。そのうえ、父の急死だ。さぞや心細いに違いない。
「大丈夫だ」
ハヴェルは腕を広げ、弟に飛び込んでくるよう促した。
「兄ちゃんが一緒なんだから。きっとうまくやれるさ」
「うん。そうだね」
アレシュが胸に顔を埋める。子供らしい柔らかな髪の匂いを嗅ぎながら、知らず知らずのうちに、ハヴェルは眠りに落ちていた。
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