1.新たな生活

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 続いて洗濯室を覗くと、ベンノが仕事をしていた。 「おや、ハヴェル坊ちゃま。何かお困りですか」  ベンノは目が見えないにもかかわらず、戸口に現れたのがハヴェルであると瞬時に判別できるようだった。 「ああ、いや。ちょっと屋敷の中を見て回っているんだ」 「左様でございますか」  ハヴェルは洗濯の手を止めて向き直った。 「どこでもご自由にお入りになっていただいて構いません。ですが、西棟突き当りにある塔にはお入りにならないよう」 「塔? そこには何があるんだい?」 「旦那様のお部屋がございます。旦那様は普段鍵を掛けておいでですので、そもそも入ることはできないと思いますが……」  ベンノは眉を顰めて付け加える。 「旦那様は昼夜研究に精を出しておいでで、昼間に眠りに就くこともございます。無暗に訪ねて、旦那様のお仕事やお休みを邪魔してはなりませんよ」 「わかった」  話が終わったと判断したのか、ベンノは洗濯を再開した。  ハヴェルはしばらく彼が仕事をするのを見守っていた。目隠しをしているにもかかわらず、まるですべてが見えているかのように自然に仕事をこなしている。無駄のない動きには感心せずにいられない。 「目隠しをしているのに、よくそんな風に仕事ができるね」 「ええ。慣れておりますので」 「やっぱり君は目が見えていないの?」  ベンノは一瞬手を止め、僅かにハヴェルを見るような素振りをした。 「そうですね」 「生まれつき?」 「いいえ。旦那様に潰されてしまいました」 「……え?」  旦那様というと、ベルクホルト卿のことだろうか。あの温厚な卿がそんなことをするとは到底思えない。たとえ何かの罰だったとしても、目を潰すというのはいくらなんでもやり過ぎだ。  ハヴェルは蒼褪めかけたけれど、ベンノがあまりにも素っ気ないことに気が付いて、冗談だったのだと受け取ることにした。不気味な使用人は、冗談も気味が悪いらしい。  気を取り直して、別の質問をする。 「そういえば、ベンノ。この家に女中はいないのかい?」  一般的なお屋敷であれば、洗濯は女中の仕事だ。大きなお屋敷であればあるほど、それぞれの家事には専任の使用人がいるものである。しかし、昨日からこの家ではベンノしか見ていない。 「おりません」 「料理人は?」 「おりません。すべてはこのベンノがいたしております」 「ええ? こんな大きな屋敷なのに? 大変じゃないのか?」  ベンノは手を止めて答えた。 「慣れております。それに、旦那様は屋敷に多くの人間がいることを好みませんので」  ハヴェルは何と答えていいのかわからず、労いの言葉を掛けて洗濯室を後にした。  ベルクホルト卿は人嫌い。ベンノの言葉に、ハヴェルは少なからず戸惑っていた。  朗らかに笑うベルクホルト卿からは嫌なものを感じなかったが、彼はこんな人里離れた山奥で暮らしているのだ。ある程度偏屈な人間だと聞かされても納得がいく。だが、それならどうして自分たちを引き取ってくれたのだろう?  やはり、ベルクホルト卿には何か裏があるのではないか……。  そこまで考えて、ハヴェルは邪念を振り払うために首を振った。  他人の親切を疑ってはいけない。どのみち、自分には他に頼れるものもないのだ。ならば信じるしかない。
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