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1.新たな生活
針葉樹の林を車窓に見送るうち、ハヴェルは嫌な気持ちに囚われるのを感じた。まるで断頭台に向かう罪人にでもなったような気分だ。さながら立ち並ぶ木々は死刑執行人か、罪人の最期を嘲りに来た観衆か。そんなことを考えると、ますます気が滅入ってしまう。
本当なら、こんな気持ちになるべきではないのだ。むしろ、この馬車の行先はこれまでよりもいい生活。期待に胸を高鳴らせるとまではいかずとも、リラックスしてこれからのことに思いを馳せてもいいはずだ。
ハヴェルは自身にそう言い聞かせたが、それでも胸のざわめきは収まらなかった。
こんなことではいけないと、ハヴェルは向かいに座る幼い弟を見た。自分がこんな様子では、アレシュまでもを不安にさせてしまう。
アレシュはようやく九つになったばかり。ハヴェルのちょうど半分だ。十にも満たない子供には、父親の死は十分に理解できないだろう。死体を直接目にしたわけでもないのだから。事実、突然舞い込んだ知らせには、ハヴェルでさえも実感を持てないままだった。
父、ヴィルフリートが死亡したという連絡が届いたのは、ちょうど一週間前のことだった。出先で事故に遭ったらしい。
商人である父は荷馬車を操って遠出することが多かった。その馬車が横転し、馬に踏まれて内臓が破裂したと聞かされた。父の遺体は見るも無残な有様で、兄弟は父の遺体に面会することが許されなかった。父はそのまま現地で埋葬されたという。
母は何年も前に病で亡くなっている。男手ひとつで育ててくれた父を失って、兄弟は途方に暮れた。確かにハヴェルはもう独り立ちしてもいい歳だけれど、幼い弟を抱えた状態では、働き口を探すのも大変だ。
すると、父の死から数日後、ハヴェルのもとに使いが訪れた。トランシルヴァニアの奥地に住むという貴族、ベルクホルト卿がふたりを引き取りたいと申し出てきたのだ。なにやら卿には父ヴィルフリートに命を救われた過去があるとかで、その時の恩返しをしたいという。
そんな話は父から聞いたことがなかったので大いに戸惑ったが、「アレシュが大きくなるまでの間だけでも」と言われてハヴェルは説得された。ベルクホルト卿は大変裕福だということなので、自分が養うよりも、ずっといい生活をさせてやれるだろうと思ったのだ。
それに、ハヴェルも以前から遠い土地で暮らすことを望んでいた。ハヴェルは父と同じく商人に、それも世界中の珍しい品を扱う商人になりたいと夢見ていた。
激しく揺れる馬車の中で、アレシュはすっかり気分を悪くしてしまったようだ。愛らしい顔は蒼褪めて、額には汗を浮かべている。天使のように柔らかな猫っ毛が汗で貼り付いていた。シャツを握る手には自然と力が籠っている。
横になって、少しは楽になっただろうか。弟のためにも、早く屋敷に着いてほしいと思う。
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