そして天使はスウィングする

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「ねえラケル、あなた教会の庭に投げ捨てられたとき、目隠しはされていなかったでしょ。記憶に残っていることがあったらなんでも教えて」 「それが、まったく覚えていないんです……」  ラケルに実装された記憶モジュール……それがバイオ系かチップ埋め込み系か、リセットされている。前の持ち主の情報は完全に消去されているというわけだった。  ラケルは金髪碧眼、羽根が片方ないのがかえって天使っぽさを強調しているようだ。  市田さんによると、ラケルは最近主流のバイオ系と電子、機械系のハイブリッドだという。うなじのあたりのスキャン画像には、人間にはない、極小の記憶モジュールが埋め込まれている。 「ラケル、あなたにプリインストールされた記憶や知識はどの程度あるのかしら?」 「外見より、もっと高い年齢での記憶、知識、語彙はあるはずです。それに今以上にたくさんの能力を上昇させることもできます」  言葉通り、ラケルの知識欲は相当なものだった。  わたしは、礼拝堂の入口に置いてある、聖書と讃美歌歌集を彼女に渡した。  ラケルの身体に埋め込まれたモジュールには、速読のスキルでも入っているのか、予想以上に早く聖書を読破した。  讃美歌歌集は、かんたんな音楽理論の本も母の書棚からもってきてラケルに貸してあげた。それだけで、わたしなどはまったくちんぷんかんぷんの譜面まで読め、理解し、また楽譜どおりに歌うこともピアノを弾くのも簡単にできるようになった。  ねえ雪子、と母が切り出す。
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