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【2.天使の矢】
ある日、ミラが用事で王宮を訪れた帰り道、ふと何かの気配を感じて目を上げると、真正面に幼い子どもの姿をした天使が目の前をふわふわと飛んでいた。
金髪のふわふわ髪、薄手の布の服に、小さめの2枚の羽。おでこには絆創膏を貼っていて、手には弓を持っていた。
「あ」
とミラは思った。
これまで、天使が人に矢を射るのを傍目に何度か見たことがある。
矢はなかなか凄い勢いで刺さるので見るたびぎょっとするが、射られた方は別に何も感じていないようで平気な顔をして、何事もなかったように歩いて行く。
しかし、その光景を見てしばらくすると、射られた人に縁談が持ち上がるのが常だった。
だからミラはこの天使の矢は恋の矢だと結論づけていた。
その矢を今ミラに向かって放とうとしている。
ミラは胸の中で期待が膨らむのを感じた。
先日の婚約破棄以来、ミラはなんとなく人生に期待が持てずにいて、このまま淡々と生きていくのかと残念な気持ちに襲われることがたびたびあった。
だから、もし天使がミラに「恋」を与えてくれるなら、人生がこれで変わる、少しはよくなるような気がした。
ミラは天使が矢を射やすいように、少し胸をそらしてやった。
天使は、慣れていない仕事だったのか弓に矢をつがえるのに一生懸命だったので、ミラが受け入れ準備万全なところまでは気づいていないようだった。
が、矢筒から矢を引き抜こうとしたところで、天使の手がピタッと止まった。そして少し眉を顰めた。
ミラは「?」と不思議に思うと同時に、この天使は手際の悪くうまくいかないんじゃないかと不安になった。
ミラの心配には全く気付かず、天使は唖然とした顔で矢筒から矢を引き抜いた。
矢は真っ二つに折れ曲がっていた。これでは弓につがえることはできない。
残念なことに矢筒には、その損じた矢一本しか入っていなかった。
天使は折れ曲がった矢をしげしげと眺め、それから難しい顔でしばらく宙を仰ぎ考えていた。表情とは裏腹に、手では矢をぷらぷらと揺らしている。
そして、ようやく何か閃いたらしく、ハッとした顔でミラの方を振り返った。なんだか良くない覚悟が目に宿っている。
これまでの経験上、こういった行き当たりばったりの天使の思い付きは碌でもないことが多いので、何となくミラは嫌な予感がした。
ミラは思わず一歩後ずさったが、天使は気にせず、無表情のままふわふわっとミラに近づいてきて、そして折れ曲がった矢を手で短く持って、徐にミラの胸に向かって刺そうとした。
「ちょっと待てぃっ!」
ミラは天使の目の前に掌を突き出し、天使の動きを制するように叫んだ。
天使は、ミラには姿は見えてないと思っていたのに、見えていたと急に知って理解が追い付かず、目を白黒させながら驚いていた。
矢を持つ手もぷるぷる震えている。
ミラは、天使を怯えてさせてしまったと少し反省しながら、慌てて、
「あ、いや、矢を拒否してるわけじゃなくて……ちょっと確認させてもらえないかしら? 恋の弓矢システムってどうなってるの? 弓はいらないの? とにかくその矢じりを目標人物に刺せばいいって、そういうこと?」
と聞いた。
天使はミラの顔を恐る恐る眺めた。
ミラと天使は無言のまま見つめ合っていた。
ミラには、天使の顔からは、質問の答えがイエスなのかノーなのかよく分からなかった。
やがて、ミラの言葉には何も反応しないまま、天使はふわふわ~っと遠くに飛んで行ってしまった。
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