【3.縁談】

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【3.縁談】

 結局あれ以来、待てど暮らせど天使は再来(さいらい)しなかった。  ミラはなんだかんだ気になっていたし、また天使が弓矢を持って来ることを期待してもいたので、全然来ないことに「何だったのかしら?」と微妙な気持ちになっていた。  そんな折、ミラのところに、縁談が持ち上がった。  相手はライル・グリーソン侯爵令息だ。  ミラはこのライル・グリーソンという人のことをあまりよく知らなかった。  前の婚約者とあんなことになり、ミラの父が(あせ)ってあちこち駆けずり回り、それなりの縁談を探してきたと聞いた。  前の婚約同様、もちろんミラはこの縁談は家の都合的なものが大きいのだろうと思ったが、縁談が持ち上がる前に天使が弓矢を持ってミラを訪れていたことを考えると、もしかしたら、この人が天使の選ぶ運命の相手なのかとほのかに期待した。  天使がミラに与えようとしてくれた「恋」はこの人なんじゃないか――?  ミラはライルとの顔合わせが楽しみになった。  もしかしたら――? 天使は失敗したけど、別に自力で恋に落ちることだってできるはずじゃない?  ミラは、父にしつこくライルの人となりを(たず)ねたし、友人の伝手(ツテ)などを辿(たど)ってライルの(うわさ)を必死に集めた。  だから、ライルとの顔合わせ日に合わせて、ミラは気合を入れてドレスを新調したし(もちろん知り得る限り彼の好みにすり合わせようと思ったし)、当日もヘアメイクにお化粧に、それから気の利いた話題なんかも準備して(のぞ)んだ。  さあ、どんな人――?  ミラはだいぶ期待し過ぎていたかもしれない。  ライルは初対面のミラを見て、まず、 「おまえがミラか。貧相(ひんそう)な女だな」 と言ったのだった。  ミラは耳を疑った。 「え?」 「これでは婚約破棄されても仕方ないな――」  ライルは強張(こわば)った表情でそう続けたのだった。  ミラは「これはないわ!」と思った。いくらミラが婚約者に浮気されたからって、こんなひどい言い方ってある? っていうか、婚約破棄したのはミラであって、『された』わけじゃないわよ!  期待していた分、ガッカリ感も半端(ハンパ)ない。  そのとき、幼い姿をした天使や美しく成長した姿の天使がふわふわと3人ほど、バルコニーから部屋に舞い降りてきて、そしてライルの近くにやってきた。 「え?」 とミラは思う。  何しに来たの、天使たち?  天使は何やらニヤニヤしている。  しかし、天使のことが見えないライルは何も気づかない。ふんっとすました顔で言った。 「今回の婚約の話は、仕方なく、私の父とサットン伯爵(おまえの父)が懇意にしているから、サットン伯爵からのたっての頼みで――」  すると、周囲を漂っていた天使たちは、ライルを指差してぷぷっと笑った。 「?」  ミラは、天使がなんで笑っているのか分からずに怪訝(けげん)そうな顔をした。  しかし、ミラが天使の仕草(しぐさ)を不思議がっていることなど全く知らないライルは、顔を赤くして慌てて言った。 「な、なんだ、そんな顔をして。本当に、私はサットン伯爵から頼まれて――」  それを聞いて、天使はぎゃははと腹を抱えて笑いだした。  そして、口もとに手を寄せて、指をわしゃわしゃっと動かして見せた。  え? 何の仕草(しぐさ)? 口から出まかせとかそんな感じ?  ミラは天使のジェスチャーの意味を理解しようと、眉間(みけん)にしわを寄せてじっと天使の方を見つめた。  ミラが眉間(みけん)にしわを寄せてじっと見つめてくるので、ライルはミラが怒っているのではと思い、たじたじとなった。 「う、疑うのか? だ、だが、経緯(けいい)はどうでもいいじゃないか、私は()()()()だが婚約に同意したわけで――」  すると、天使の一人が苦笑しながら、ライルの肩をポンっと叩いた。  そんな照れなくても、といった顔をして。 「え、もしかして?」  ミラはハッとした。  ライルは本心では照れているの? この態度は恥ずかしさの裏返し――?  ミラのハッとした表情に、ライルはようやくミラが自分との婚約が決定事項だということを理解したのだと思った。真っ赤になりながら、コホンと軽く咳払(せきばら)いした。 「そのもしかしてだ、俺がおまえを妻にもらってやろうというのだ」  天使の一人がニヤリとして、ライルを指差してからミラを指差した。 「え?」  ミラは、天使が自分を指差したジェスチャーの意味が分からず、「もう一回」と人差し指を立て、ジェスチャーの意味を解読しようとじっと天使を見つめた。  ライル真っ赤になった。  ミラがもう一回と人差し指を立てた仕草(しぐさ)が、自分に向けてのものだと思ったからだ。 「だ、だから、私がおまえを嫁にもらってやると言ってるんだ!」  ライルは完全に照れながら叫んだ。  その瞬間、天使たちが一斉(いっせい)に指でハートマークをつくった。  そして、「君のことをだよ!」とばかりに一斉(いっせい)に人差し指をミラに向けたのだった。  ミラは真っ赤になった。 「あ、そ、そういうことだったの……」
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