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【5.漆黒の高位天使】
【5.漆黒の高位天使】
ミラは何となく4人の天使たちがふわふわと去っていく様を見ていたのだが、その4人の行き先に、一人の漆黒ウェービーロングヘアの大人な姿をした天使が、数枚の羽を広げ神々しい光を放って佇んでいるのが見えた。
珍しいわね、あのような高位の天使は滅多に見かけないのにとミラがぼんやり思っていたら、絆創膏の天使がその高位天使に声をかけられた。
そして二言三言言葉を交わすと、絆創膏の天使はびくっと体を震わせ、ぎょっとしたようにバッとミラを振り返った。
「え? あの子もしかして矢の不始末で叱られちゃった? 私は別に怒ってないけど……」
と咄嗟にミラは気の毒に思ったが、どうやら内容はそんなものではなかったようだ。
さっきまでライルの傍にいた3人の天使たちが、漆黒の高位天使から何か聞いたかと思うと、腕を組んだり、顎に手を添えたりしてうんうんと頷き、そしてそれに合わせたように絆創膏の天使も畏まった顔でもっともらしく頷き始めたからだった。
「え?」
とミラが、何で振り返られたのだろうと不思議そうな顔をしていると、ライルがやや心配そうな顔で、
「ミラ? さっきからバルコニーの外を見てどうした? 何か気になることでも?」
と聞いてきた。
「あ!」
ミラが我に返って、バルコニーから目を離し、ライルの方に目を向けた瞬間。
バサッとミラの視界を物凄いスピードで影が横切り、漆黒の高位天使がミラの脇にすっくと立った。
「え?」
ミラはライルと高位天使に挟まれ混乱した。
そのとき、高位天使がミラの耳元で囁いた。
「昨今婚約破棄が多すぎると天界でも問題になっていましてね、風紀を引き締めよと通達が出ているのですが、元婚約者のジャマル・レグトンを『天使の懲罰』の監視対象にしますか? あなたが望むならそのように手配しますよ」
ミラは弾けるようにその高位天使の方を見た。
「ジャマル・レグトン様!?」
ミラの声を聞いてライルがハッと顔をあげ、忌々しそうに口の端を歪めた。ミラが元婚約者のことを吹っ切れていないのかと思ったのだった。
「ミラはジャマル・レグトンのことを気にしているのか? 大丈夫だ、レグトン家は近々困ったことになるはずだ。もうミラがあの男に煩わされることはない」
「え……? レグトン家が困ったことに?」
ミラは、自分にも関係のある話だと、ライルを見つめ詳細を知りたがった。
ミラの真っすぐな目を見て、ライルはいい話ではないので少し言い淀みながらも、端的に説明した。
「うちがレグトン家と共同でやっている事業があるのだが、グリーソン家は資金を引き揚げさせてもらうことにした。レグトン家に泣きつかれて援助した事業だから、うちが手を引いたらかなり苦しくなるんじゃないか」
「事業を引き上げ? それはどんな理由で?」
ミラは不安そうに聞いた。
ライルは、それは分かり切っているだろう、といった顔をした。
「私とミラの結婚でうちとミラの実家は縁続きになる。サットン家に泥を塗ったレグトン家とは必要以上に仲良くすることもなかろう」
ライルは、あの男が元婚約者面でミラの悪口を言っているのも気に入らないしな、と思ったが恥ずかしくて言わなかった。
ミラは『結婚』と聞いて少し顔を赤らめながらも、
「でも、そんな一方的な事業撤退では、ライル様がジャマル様に恨まれてしまうわ……」
と心配した。
ミラの気遣いを感じたライルは口元がほころびかけたが、強い口調で、
「恨まれる筋合いはないね。ジャマルは婚約破棄の原因になった不貞について、君に謝っていないのだろう? 私は初め謝罪しろと言ったのだ。謝罪しないならグリーソン家は事業から撤退する、と。それでも謝罪しなかったジャマルが悪い」
と断じた。
ミラは悲しそうな顔をした。
「あの人はそんなに私に謝罪したくなかったの?」
「ミラを軽んじているのだ。浮気くらい赦すものだと。それどころか、ミラの方こそ浮気をしていたのだろうと言っていたよ、私と。婚約が早すぎる、浮気相手に乗り換えたんだろう、とね」
「ひどいわ! あり得ない!」
「ああ、私に対する名誉棄損でもあるからね、そんなデマを広言するようならこちらも手段を問わないと言っておいた」
「ライル様……」
ミラは、ライルが自分の知らないところでそんなにも動いてくれていたのだということを頼もしく思うと同時に、元婚約者がこれに懲りて今後絡んでこないなら、天使からの懲罰はなくてもいいかなと思った。
何より、ライルが一緒になって元婚約者に怒ってくれたことが嬉しかった。
が、漆黒の高位天使は別のことを思っていたらしい。ミラに向かって淡々と言った。
「あなたの元婚約者はそれでおとなしくなると思う? ライル殿が逆恨みされかねないのでは」
ミラはハッとした。
そうだ。いくらライル様が正当なことを言ったとしても、相手はここまできて未だに謝罪もない元婚約者。そもそも理解などできないと思った方が……。
ミラはぐっと息を呑みこみ、天使に向かって小さい声でぽつんと言った。
「懲罰の対象に」
「今、何か言ったか?」
ライルは、聞こえなかったと思わず申し訳なさそうな顔でにミラに聞き返したが、ミラは小さく首を横に振った。
漆黒の高位天使は頷き、凛とした翼を大きく広げてバルコニーから飛び去って行った。
ミラはその後ろ姿を覚悟の目で眺めた。情けは無用――。
近づいてきたライルがミラの緊張した空気に躊躇いながら、宥めるようにそっと肩を抱いた。
ミラは気分が落ち着くのを感じ、ライルの手に自分の手を重ね微笑みかけたのだった。
(終わり)
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