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天使の歌は外出中
「コンコン」
突然ベランダの窓から音がした。
彼は一層の恐怖に駆られ戦慄した。
この部屋は二階。
人が侵入してくるのであれば物理的には可能であるが、まずまともな人間ではあるまい。
彼は恐れ、覚悟し、そして半ば安堵した。
(ようやくおばあちゃんの元へいける、盗人ならまず殺して欲しい、そうなればもうこの世にも部屋にある物にも未練はない、死ぬ理由も体裁が立つ)
暗闇の中で苦しむあなたを
黙って見つめていられない
今会いにきたよ
『会いたい』ままで終われないから
愛が欲しいなら言って
私もあげる
どんな悲しみも苦しみも
愛に変えて歌ってあげる
どうか私の歌に触れて
もう苦しまないでいいよ
私の心に触れて
滞った時の嘆きを忘れて
あなたに安らぎを
天使の福音
「こんちにはー♪こんちにはー♪天の界からマイルましたソアカだヨ、待ったカイ?」
それは可憐で美しい声だった。
「ソ、ソアカ?」
「そう、ソ・ア・カ、ソアカ・ミラージュ、歌う天使だゾ」
「天使?」
「そう、ソアって天使に見えないカイ?」
「羽とか、天使の輪っかとかないの?」
「あーそれ、どほほほほ♪そういうのはたぶん君の世界の誰かが、天使をわかりやすくイメージできるようにしたシンボルなんじゃないのカイ?」
彼は返事に詰まった。
「あーそういえば輪っかならあるゾ、輪っかのお菓子、食べるカイ?」
「食欲…ないんだ」
「そっか、なら今かラーこれからソアが元気にするからナー、ンナー、君に名前はあるのカイ?」
「孤守セッパ」
「こここコモ?」
「コ・モ・リ・セッ・パ」
「ナー、じゃコモだな」
「コモ…初めて言われた、変わってるね、ソアカさん」
「ンーまあ天使だからナ、で、デーさっきのソアの歌はドーだっタ?」
「美しかった」
「ンンーヨカアター、いっぱい練習シタンだゾ」
「どうして僕のところへ?」
「どうしてッテ、君に歌を届けにきたニ決まってルじゃあないカー、あカーカー、カラスさん」
「カラス?」
「そうカラス、カラスはともかく君が歌を聴きたかったんじゃないのカイ?」
彼ははっとした。
「そういえば、心の中で願ってた」
「こういうのを君の世界じゃキセキって言うんじゃないのカイ?ソアにとっては特別であって特別じゃーナイかもしれヌーカピバラー」
「そうかもしれないね、ソアのいる天の界ってどんなとこ?」
「あ、あノ、あノノノノ、そういうのはきっとややこしいから知らないほうがいいんだゾ」
「そうなの?」
「だゾナー、でもこれだけ言えル、君の世界の誰もが救われルわけじゃないけれド、生きていればいつか必ず希望の光が見えるようになるんだゾ」
「希望、ね…」
「コモはないのカイ?今楽しいだロ?」
「そういえば…楽しい、ね」
「なら希望はあるジャないカ、これからもソアがギャンドム歌っていくから聴いて楽しんで欲しいんだゾ」
「ギャンドム?」
「そうギャンドム、それじゃあいくゾ、あヨイショーどっこいショー」
ねえ あなたを曇らす
様々なことを
私は解決できないけれど
ほんの片時でも
一緒に過ごせれば
明るい光があなたに差し込むよ
だから話そう 歌おう 楽しもう
この時を
暗い世界を明るくしよう
ともに寄り添えば
孤独じゃない
暗闇に射すひとすじの光
あなたに祝福がありますように
天使のうた
「そんじゃージンジャーまた逢おうソアカ・ミラージュでしタ」
(天使…)
彼は目覚めた。
ソアカの存在は触れられるものではなかった。
ただの幻想だったのかもしれない。
「コンコン」
窓から物音がした。
「ソアカ、ソアカかい?」
それは彼の気のせいだった。
そして物音に対する恐怖も気のせいだった。
人の悪意が人の心を壊すなら
人の心を癒すのは人の善意に違いない。
「彼」はそう伝えたかった。
孤守セッパは天使に触れた。
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