第二章 潮の香

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 他愛もない学校での話なんかしながら、長い時間バスに揺られていた。やがて西海岸の近くまでたどり着くと、そこからは徒歩でカフェが立ち並んでいるエリアへと向かった。  十五分ほど歩いただろうか。  ようやく海辺のカフェにたどり着いた。ちょっとした飲み物を買えるキッチンカーや淡路島の甘い玉ねぎを使ったハンバーガーが買える店、がっつりパスタやピザを食べられるイタリアンレストランなど、オシャレな店が並んでいる。この暑い中、店の外で待っているお客さんも多く、西海岸の賑わいが手に取るように分かった。 「どの店に行く?」 「うーん、私はイタリアン派かなあ」 「おっけー。じゃああっちの店に行こう」  翔が指さしたのは『Kitchen Bay』という名前のレストランだ。見たところ他のお店より大きく、席数も多そう。中に入ると店内は海の家をイメージした開放的な造りになっていて、お約束のテラス席もあった。  テラス席は暑いので店内の席に座る。やってきた店員さんに、ピザとパスタを一つずつ注文した。 「俺、しらすのピザ、初めて食べるかも」  子供っぽい笑顔を浮かべた翔が、遠足を楽しみにしている小学生みたいで笑ってしまう。 「美味しいよ。淡路島のとれたての食材だし、魚も野菜もお肉も全部新鮮なの」 「そっかー。いや、実はうち、あんまり外食とかしないからさ」  そういう彼の表情に少しだけ翳りが見えたのは気のせいだろうか。気がつかないふりをして答える。 「私の家もそんなに多くないけどね。せっかくだし、今日は淡路島の味を精一杯堪能してください!」  私の中で、翔は「東京から来た観光客」という位置付けになっていた。  運ばれてきたしらすのピザと、トマトソースパスタを、目を輝かせながら見つめる翔。取り皿に好きな分だけ取り分けて「いただきまーす!」と威勢よく手を合わせた。 「うんまい!」  一口齧り付いただけで、すぐに目を輝かせる翔。まだ咀嚼もできていないだろうに、その反応の速さに思わず笑ってしまった。 「あは、うん、すごく美味しいね。和風の出汁が効いてる感じ」 「だよな! パスタの方も、エビがぷりぷりで美味しいぞ」 「本当だ。スパイスも最高」  こういう料理を食べ慣れている人からすれば、さして高級でもないパスタやピザを絶賛するのは貧乏臭いと思われるかもしれない。でも、高校生の私たちにとっては、すべてが新鮮で、びっくりするぐらい美味しいと感じた。  それから私たちは二人で張り合うようにして、お皿の上の料理を片付けていった。淡路島の食材がふんだんに使われたパスタとピザがみるみるうちにお皿から消えていく。食べ盛りの私たちの胃袋を完璧に満たしていく。最後の一口は、翔が私に譲ってくれた。とっくにお腹はいっぱいになっていたけれど、翔の優しさの塊をごくりと飲み込んだ。 「はーっ、お腹いっぱい。ごちそうさまでした」 「ごちそうさま。すっげーうまかった」  お皿を片付けに来た店員さんが、満足げな私たちを見て穏やかに微笑む。
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