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「……翔」
ゆっくりと振り返った視線の先にいたのは、紛れもなく、天ヶ瀬翔だった。
翔は薄暗いこの時間帯でも目立つ白いシャツを着ていて、群青色の肌着だけが薄闇に溶けていた。ポケットに手を突っ込んで、ひょい、と慣れた様子で砂浜に落ちていたゴミを避けながら私の方に近づいてくる。私は、こちらに向かってくる翔から逃げようかと一瞬迷った。けれど、思ったよりも早く彼がやってきたのと、突然の出来事に身体が膠着してしまっていたのとで、結局翔と向い合うかたちになった。
「よお、久しぶり」
ポケットから右手を出して軽く手を上げる翔。
十年ぶりに間近で見た翔の顔は、私が知っている彼以上に綺麗だった。肌艶が十代の時よりも良くなっているような気がする。眉毛も綺麗に整えられていて、唇も潤っている。十年経って、肌年齢に関しては退化するばかりの自分と比べると、異様なほど美しかった。だから、面と向かって彼の顔を見るのが恥ずかしく、目を逸らしてしまう。
老けたなって思われたらヤダな。
咄嗟にそんなことを思ってしまうのだから、翔に会えたこと自体には、嫌だと思っていないことに気づいた。
「……久しぶり、元気だった?」
平静を装ってそう問いかける。言うまでもなく、心臓は先ほどから荒れ狂っている。けれど翔はそんな私の心中なんて知る由もないという素ぶりで、「もちろん!」と笑顔で頷いた。
「超絶元気。昨日、朝香も来てくれると思ったらかちょっと楽しみにしてたんだよ。でも来なかったじゃん。だから朝香のこと探してた」
「私のことを? なんで?」
「え、だって、高校時代、いちばん付き合いが深かったのは朝香だろ。そりゃ会いたいと思うって」
「でも……私たちって」
元恋人同士じゃん。
その言葉は、私の口から紡ぎ出されることはなかった。
あまりにも純真無垢な目で私のことを見つめていたから。その美しい瞳を、私はどこかで見たことがある。高校生の翔じゃない。もっと昔、私はどこかで——。
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