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鞄が伝えてくる真実に、私はどうにか思考を追いつかせようとぐるぐる頭を回転させた。でもどうしても分からない。海に落ちて、渦潮にのまれたはずの自分が一体どうして見慣れた風景の中で、保育園時の身体で存在しているのか。
「うえええ、ううう」
何も思考が追いつかないうちに、遠くから誰かの声が聞こえてきた。
「泣いてる……?」
今の自分と同じくらいの子供の声だった。ひっく、ううう、という嗚咽と共に、「おなかすいたよお」と嘆く言葉が重なった。
私はその声につられて立ち上がる。ほとんど反射だった。小さな子が泣いているなら助けてあげたい——自分も小さな子供の身体であることも忘れて、泣き声のする方へふらふらと近づいていく。
やがて見つけた、道の端っこでうずくまる一人の男の子の姿。私が着ているのとは違うスモッグを着ている。ところどころ薄汚れていて、一週間ぐらい洗ってないんじゃないかってぐらい汚かった。転んだのか、裾には土がついていて、よく見れば袖のゴムが取れてよれよれになっている。保育園のスモッグがここまでダメになっているとこを見たことがなくて、私は度肝を抜かされた。
「どうしたの?」
スモッグのことはいったん頭の隅に追いやって、純粋に泣いている彼に声をかけた。男の子は私の存在に気づいて、顔を覆っていた両手を外す。可愛らしい顔をした子だった。目はくりくりと大きくて、鼻筋が通っている。だけど、そんな整った顔立ちとは裏腹に、涙が頬をぐしょぐしょに濡らしていて、それだけで居たたまれない気持ちになった。
男の子は私の姿を認めると、不思議そうな顔をしたが、すぐに
「おなかすいた……」
と漏らした。
「お腹が空いてるの?」
「うん……」
「ご飯、食べてないの?」
「……うん」
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